2月×日(日) 昨日は結局、口づけを求めようとする佐久間を上手く振りほどいて、 私はそのまま西麻布には行かずにタクシーで帰宅した。 複雑な想いを抱いたまま深夜まで眠れず、朝起きたのは10時を過ぎていた。 夫はゴルフの打ちっぱなしに出かけたようで、 〔 打ちっぱなしの後、渋谷の本屋に出かけるから昼食は不要 〕 というメモが残してあった。 夫が残したコーヒーカップを洗い、洗濯機を回して、新聞を読んでいると、 昨夜バッグの中に入れっぱなしになっていた携帯が、ブルブルと震動する音が聞こえた。 佐久間からのメールだった。 < 昨晩は申し訳けありませんでした。 無事に帰れただろうか?もう少し話がしたかった。 今日はもう出れないよね。 佐久間> 私は少し迷ったが < 昨夜はごちそうさまでした。30分程度で家に着きました。 家族がいるので今日は出れません 杉本> と返信を送った。 すると、すぐに再び携帯が音を立てた。 < もう一度逢いたい。いつでもいいから > 抱き締められた腕を思い出し、私は少しだけ身体が火照る・・・。 < 昨夜のような機会があれば・・ でも、そんなには無いと思います。 奈緒子> 洗濯機の終了のブザーが鳴り、 私はアダプターに携帯を置き、洗濯物を干し始めた。 その後も、何度か携帯が音を立てていたが、私は無視をした。 夕方に美奈や夫が戻るまで時間はある・・・。 私は家事を一通り済ませると、佐久間に電話を入れた。 「もしもし・・・奈緒子です。」 「あ、昨日はどうも・・・」 「いえ、こちらこそごちそうさまでした。 メール・・たくさんどうも。」 「今、一人なの?」 「ええ、偶然にね。 メールのお返事、、そんなに送れません」 「ああ、ゴメンネ」 と佐久間は笑った。 少しの間沈黙が流れる・・・。 「もう一度、逢えないかなあ?」 「んとね、もう佐久間さんとはこれっきりにしたいかなって・・・ だから電話したの・・・」 「え?なんで?」 断る理由なんて特に無い・・・私にだって。 だけど、佐久間とはあまり関わらない方がいいような予感がしていた。 「新婚の旦那さんと2ショットで逢うのは抵抗あるのよ、私は」 私は少しだけ嘲笑いながら言った。 「新婚早々、浮気される夫になんか興味無いってこと?」 その辺りが貴方の嫌なところなの・・・と言いそうになったが、私は言葉を呑み込んだ。 「私も結婚しているし、やっぱり二人っきりで逢うのって、イケナイような気がするの・・・・。」 再び沈黙が続く。 「あのね、俺、別に女房の浮気の腹いせに貴女を誘ってるわけじゃないよ。 むしろ、あっちがそういう事するなら俺だけは絶対にしない!って決めてた。 だけど、なんだろう・・・ スタバでああいうことがあって、追いかけてきた貴女を見たとき、ちょっとドキドキしてた。 こういう出会いもあるんだなって。 ノートがぶっ潰れたことも気にしないでね」 佐久間が私を求める気持ちが切々と伝わってきて、私の胸は熱くなった・・・。 「貴女を抱こうと思って抱き締めたんじゃないよ。 あの時、急に隣りにいた貴女がいとおしくてたまらなくなったんだよ・・・」 私は戸惑いながらも揺れ動いた。 こんな形で気持ちをぶつけて来られることなど、ここ数年ほとんど無かったから・・・。 「じゃあ・・・ 一度だけ、でもそんなに簡単に出られないから。」 私は押されたように返事をした。 「お昼でも出られそうな時は、俺も時間作るから。またメール送るね」 電話ありがとうと言いながら電話は終わった。 割りきった関係だけならば、 それほど相手に想いを寄せなければ、或いは思いを寄せられなければ、、 それなりに、私は楽しい日々を送れる・・・。 今までに感じたことの無かった、 『相手の妻』という存在。 私の中で重苦しい予感と、浮かれた感情が、交差していた・・・。 |
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