2001年12月X日(土曜日) 産まれた時から美奈は逆まつげがひどく、眼科通いが欠かせなかった。 どうも美奈はお医者さんが苦手で、特に掻き毟って結膜炎を起こした時などは、 目を閉じてしまい、医師泣かせの患者だった。 1歳の時にある病院で尾嶋先生に診てもらった時、初めて何故かおとなしく診察を受けた。 尾嶋先生が大学病院に戻ってから、別の医師になった時は再び診察が困難になり、 尾嶋先生のいる遠い大学病院まで通った。 その後も先生は色々な病院に移ったが、美奈が、 「尾嶋先生じゃなきゃイヤ!」 というので、先生を探しては受診した。 小学生になり随分と落ち着き、眼科に通うことも滅多に無くなったのだが、 9月の運動会の時、砂埃をかぶってしまい、その時に少しだけ角膜を傷つけてしまった。 この時も尾嶋先生の勤務している病院まで、1時間もかけ受診しに行った。 12月になり、何となくまた目が充血し、再び受診することになった。 9月に行った時、治療中に看護婦と美味しいタイ料理の店の話をしており、 「杉本さんも、どこかご存知ないですか?」 とついでに尋ねられ、私は2軒ほど思い当たる店があったが、 家に帰らないと店の名前と電話番号がわからないからと伝えると、 「申し訳ないけど、携帯のメールに送ってもらえませんかね?」 と言われ、私は自宅に戻ってから池袋と六本木のタイ料理店の名前と電話番号をメールに送った。 その時は <ありがとうございました。> という軽い返信があっただけだった。 「あの時はすいませんでしたね。」 その時の礼を尾嶋先生が言った。 大学病院の医局に来ているタイ人留学生が、食事が体に合わず、 すっかり元気を無くしていたらしく、本格的なタイ料理を食べさせたかったのでと先生は話した。 結局、池袋の店へ行き、その留学生はとても喜んだと付け加えた。 治療が終わり、美奈の右目に眼帯がはめられた。 「先生、今度の金曜日からパパとスキーに出かけるんだけど、美奈行ける?」 すぐに落ち着くから大丈夫だよと尾嶋先生が言い、 「いいなぁスキーかぁ。 どこまで行くの? ママも一緒に行くんでしょ?」 と続けた。 私は夫がゴルフコンペで苗場のスキーリゾートを賞品として当て、 二名一組の招待なので、美奈と主人だけが行くことを話すと、 「ママはオウチでのんびりですかぁ?」 と笑った。 「ママは寒いとこが苦手なんだよね♪」 と美奈が続けた。 金曜日に夫と美奈が旅立ち、その日の午後、尾嶋先生からメールが届いた。 < 美奈ちゃんは無事スキーに行きましたか? お一人でしょうか? もし明日の土曜日おひとりなら、 六本木のバンコクで夕食をご一緒しませんか? 尾嶋 > 少し不思議な気持ちがしたが、特に予定も無かったので < メールありがとうございます。 予定はありませんので、伺います。 時間と待ち合わせの場所をご指定ください。 杉本 > と返信をした。 すぐに返事が来て、 < 明日は御茶ノ水で研修会があり、5時過ぎに終わる予定です。 6時に店の前でいかがでしょうか?> 私は了解の返事と携帯番号を書き添え、返信をした。 六本木の駅に着くと、丁度18時になった。 タイ料理の店までは歩いて五分ほどかかる。 私は小走りで店まで向かった。 細い路地の角にあるその店の前でトレンチコートの衿を立て、寒そうに尾嶋先生が立っていた。 「遅れてすいません・・・。」 と言うと、 「いえいえ、どうぞ」 と店の階段を上るよう促した。 料理を食べながらお互いの様々な話をした。 時に、タイ料理についての話などもした。 今夜は奥さんとお子さんが埼玉の実家に帰っているので、誘ったんですとも言った。 車なので、と尾嶋先生は一杯だけ軽くタイビールを飲み、後は私が飲むようにと勧めた。 デザートを食べ終わり、勘定はすべて尾嶋先生が出してくれた。 店を出ると、 「すぐ近くの駐車場に車が止めてあるので、近くまで送りますよ」 と言われ、私は言葉に甘えることにした。 シルバーのBMWに乗り込み、六本木通りを霞ヶ関方面に走らせながら、 「もし良ければこのままドライブでもしませんか?」 と言ってきた。 「お疲れでなければ・・・」 と私は答えた。 首都高に乗り、お台場方面へ車は走った。 レインボーブリッジから見える東京の街はキラキラ輝き、とても綺麗だった・・・・。 デックスの駐車場に駐車し、二人で海の方に歩いた。 クリスマス間近のせいか、大勢の若者達がいた。 少し離れた所に空いたベンチがあり、そこに座った。 二人でしばらく、輝いている東京の夜景とレインボーブリッジを見つめた。 凍えた手に息を吹きかけていると、尾嶋先生の手が私の手を握り、暖め始めた・・・・。 そして、そのまま夜景を見ながら、その手に何度も軽いキスをした。 私はドキドキしながら、平静を装った。 「寒い・・・?」 尾嶋先生が尋ね、私は 「いえ・・・・・・」 と言いながら、肩をすくめた。 今度はその肩を抱き寄せ、私は先生の首に頭をもたげる姿勢になった。 男の表情を見たいと思い、首を少し上げると、唇が触れた・・・。 軽いキスをされ、頭を撫でられた・・・・。 私は男の冷たい頬に自分の頬を摺り寄せた・・・。 顎を持たれ、再び唇が重ねられた・・・。 海風が吹き付ける中で、そこだけが熱かった・・・・。 「今夜どこかに泊まろう・・・」 尾嶋先生が囁いた・・・。 私は否定も肯定もしなかった・・・・。 続く・・・。 |
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