2001年10月X日(木曜日)


9月末に、夫の高校時代からの友人安本から、
ジャズライブの招待状が届いた。
安本は幼い頃からピアノが得意で、大学からはジャズバンドに入り、
社会人になってからもそれなりに続けていた。

お互いの結婚式に招待したり、新婚時代は夫婦同志で飲みに行ったりもしていたが、
ここ数年は、年賀状程度の付き合いでしかなかった。

ライブの日はたまたま、美奈が学校の一泊キャンプでいない日だったので、
 「二人でたまには行く?」と夫に尋ねたが、
 「ん〜あんまり興味無いな・・。仕事も遅くなりそうだし。」
というそっけない返事が返ってきた。
だが、夫も「差し入れぐらいは、したほうがいいのかなあ」と言い出し、
結局「お前がウイスキーでも差し入れしておいてよ」ということになり、
私一人が行くことになった。


夜の六本木は久しぶりだった。
ウィークデイのこの街では、男性はスーツ姿が多いが、
女性はかなり派手で、若々しい人達が多い。
私の薄いイエローのスーツ姿では、ちょっと違和感を感じてしまった。

渋谷の西武でバーボンと、それだけでは素っ気無いので、
黄色い花を集めた小さなブーケも買った。

六本木のライブハウスにたった一人で入るのは、とっても勇気がいることだったが、
招待状を握り締め、地下への階段を降りた。
客はまだ疎らで、ステージではドラマーが最後の調整をしていた。

20時になりドラマーとベーシストが現われ、最後に拍手と共に安本が登場した。
夫と同い年の40歳なのに、ずっと若く見えた。
ライブはスタンダードのジャズを中心に、合い間に数曲、安本の自作の曲が演奏された。

1時間ほどのライブが終了し、3人の奏者が各テーブルを回ってきた。
私は一番後ろのテーブルに座っていたのだが、ベーシストとドラマーは、
すでに常連らしき客と盛り上がっていて、安本一人が近寄ってきた。
 「あ・・杉本の奥さんですか?」
 「本日はおめでとうございます。主人が仕事で来れないので、
  私が来させていただきました。」
立ち上がりお辞儀をしながら、花束とウィスキーを渡した。

 「いや、、アイツにジャズなんかわかりっこないから、
  あんまり期待してなかったんだけど・・・嬉しいなあ」
私に座るように促して、自分も椅子に座りながら安本が言った。
他に安本の招待で来た者はおらず、次のステージまでずっと私の側にいた。

安本は大手のコンピューター会社に勤務していたのだが、
音楽への情熱が断ち切れず、3年前に会社を辞め、
もっと自由の利く、小さなソフト関連の会社に入ったとのことだった。
その事が原因で、奥さんは美奈と同い年の男の子を連れて、
静岡の実家に帰ったという話をした。

 「今は気楽な独身貴族ですよ」
彼はそれでも寂しそうに笑った。
ドラマーとベーシストはプロで活躍してる人だと言うことで、
 「これからもっとライブ活動が増えると思うんです」
と、夢を語る嬉しそうな一面をのぞかせもした。

その後も、安本の奏でるメロディーに、なぜか心が惹かれ、
22時からの2ステージ目も聴いてしまった。

終了後に「一杯だけ付き合ってください」と言われ、
結局、店をでるときは、23時半をすこしまわっていた。
 「駅まで送ります」と、一緒に安本も後ろから付いてきた。

店を出て階段を上る途中で、いきなり肩を抱かれた・・・・・。
 「奈緒子さん・・・・。」
優しいキスに、不思議と抵抗はなかった。
たしかに、瞬間のできごとだった。
なのに、全てを忘れさせるのに充分なほど、幸せな気分にさせてくれた。

久しぶりにこの街でジャズを聴き、心も身体も高揚しているせいだわ・・・・
私は自分に言い聞かせていた。




                    続く・・・・。


















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