Triangle BlueV〜This is 運命〜


−1−

吉澤復帰の日仕事が終わって、石川の家についた。

「そんなに困った顔しないでよ」
石川は荷物を置くと、吉澤に言った。
「うん・・・」
「私の事が怖い???」
石川は、吉澤の目の前に立ち、吉澤の瞳を覗き込んだ。
びくっとして思わず身を引く吉澤に、石川はやれやれと言った顔をする。

「何もしてないじゃない。そんなにびくびくしないでよ」
そう言いながら、石川は吉澤の首に両手を巻き付ける。
そして、くちびるを押しつけた。
「梨華ちゃん・・・」
吉澤は困ったような目をしている。


「前は喜んでキスを受け入れたクセにね」
石川はすぐに手をほどいた。
「ごっちんと別れたの?」
答えは聞かなくても分かっているが、敢えて意地悪をして聞いてみる。
「別れてない・・・」
あくまでも正直。ここで「別れた」と言わない所がいかにも吉澤らしい。
しかし、そんな正直なところが、余計石川を苛立たせる。
「やっぱりね・・・。どうせ、そんな事だろうと思ってたわ」
「梨華ちゃん、お願いだから、彼女には手を出さないで。私には何してもいいから」
真剣に言う吉澤に、石川は頭に血が上ってしまう。
(彼女?何してもいい?なに、それ。そんなに大切なの?ごっちんが!!)
「私に指図出来るの?よっすぃー、私を裏切っておいて、冗談じゃないわよ!」
「ごっちんは関係ないんだから。お願い・・・」
吉澤は手をついて懇願した。

そこまでするんだ・・・。後藤のために。
そんなに、そんなに、後藤が大切なのか・・・。
石川が考えている以上に、吉澤の心には、既に後藤の存在が大きくなっていたのか。

ますます後藤が憎くなる石川だった。


「よっすぃー今、何してもいいって言ったよね」
吉澤は顔を上げる。
「じゃぁ、ごっちんの前で私のコト抱ける?」
「そっそれは・・・」
途端に吉澤は口ごもる。
「……ほら、やっぱり。ウソなんじゃん。出来もしないコトを言うのはよしてよね」

石川は涙が出てきた。
ほんとは、こんな事言いたくないのに。
そして、後藤をかばう吉澤なんて見たくないのに。
口からついて出る言葉は、嫌われるような言葉ばかり。


吉澤は石川の涙を見て、困惑しているようだった。
少しして、吉澤は立ち上がると、石川を抱きしめた。

「梨華ちゃん。無理しないでよ。どうして、そんなコト言うの?」
「無理なんかしてない」
「もぅ、私は梨華ちゃんを抱く資格なんか、ないんだよ。
 梨華ちゃんのコト、いっぱい裏切ったし傷つけた。今、梨華ちゃんが何考えてるか知らないけど、自分も傷つけるのは、よしてよ」
思いがけない吉澤の言葉に石川は動揺してしまう。

今さら、優しくしたって、遅いんだよっ!
私は、もう決心したんだから。ごっちんを陥れるために考えてるんだから。
よっすぃーとごっちんの仲をぐちゃぐちゃにしてやるんだから。

普段の石川なら、今の吉澤の言葉で、考え直す事も出来たかも知れない。
しかし、保田も利用し、後藤に標的を定めた石川にとって、もう後には引けなかった。

「遅いんだよ、よっすぃー。もう遅いの」




−2−

「遅いって何が?」
「私、保田さんと寝たの…」
「寝た・・・」
吉澤は石川の思いがけない発言に、頭を殴られたような衝撃を受けた。
(梨華ちゃんと保田さんが・・・)
確かに、ここ数日(謹慎前の)保田は石川ばかり目で追っていたし
可能性としては全くない訳ではない。元から石川の事は気に入っていたハズだ。
「そっか・・・」
ショックだったものの、その場では吉澤は冷静に受け止める事が出来た。
最初、石川をわざとフった時から、保田になら任せても良いと思っていた。
― それが現実になっただけだ。

「保田さんだったら、私みたいに梨華ちゃんを悲しませる事も、裏切る事も困らせる事もしないだろうから、安心だよ。良かったね」
口から出た言葉は半分以上、本心ではなかったけれど、吉澤は無理に微笑んだ。
「うん。保田さんは誰かさんと違って大人だしね。安心出来るよ」
石川も強がりを言ってみせる。


もっと吉澤は取り乱すかと想像していたのに、予想外の反応で石川は肩すかしをくらった感じがした。
「じゃぁ私とは、もうコレでさよならだね…。私なんかといたって仕方ないでしょ」
「それとこれとは違うよ」
石川の言葉に吉澤は困った顔をする。

「別に保田さんと付き合う訳じゃないの私」
「何ソレ…」
吉澤の顔色が変わった。
「付き合うつもりないのに、寝るってどういうコト?」
「寂しいから抱いてもらっただけよ!何が悪いのよ」

石川が愛のないえっちをするハズがない…。
それとも、自分が石川を変えてしまったのか?

「大体、よっすぃーだって何回もごっちんと寝てるクセに人のコト言えないでしょ?」
「わっ私はごっちんのコト好きだもん。寂しいからじゃない!
 保田さんに対して失礼だと思わないの?」
「保田さんのコト好きに決まってんじゃん!好きじゃなきゃ抱かれないわよ!」
「じゃぁ私と、とっとと別れて保田さんとこ行けばいいじゃん!」
「そうすれば、よっすぃーもごっちんと正式にくっついて、バンバンザイだから?」
石川も負けじと皮肉たっぷりに言う。


「私はごっちんと別れるって言ってるでしょう?」
「そんなのウソよ。私より、もうごっちんが大切なクセに…」
「梨華ちゃんだって・・」

これでは、自分がまだ吉澤に未練があるみたいな言い方ではないか。
つい興奮して言わなくても良いことまで言ってしまう。

「よっすぃーなんて大嫌い!このままじゃ許さないんだから!」
「私だって、もう梨華ちゃんのコト…。好きじゃないよ。
 少なくとも今の梨華ちゃんはキライだ」
石川はムっとすると
「2人ともキライ同士。良かったじゃない」

「今日、わざわざ家に呼んだのって何だったの?ソレ言うためだけ?」
吉澤も明らかにムっとした顔をしていた。
「そうよ。悪い?」
「……別に。もう帰るよ私・・・」

吉澤が帰ってしまうと石川はガックリ肩を落とした。
こんな風に言い合うつもりはなかったのに・・・。
今日の計画が大幅に狂ってしまった。
石川は手に持っていた、ある物を握りつぶした。
まだ、時間はある。もう少し時間をおいて実行しよう・・・。




−3−

まだ誰も来ていない楽屋に吉澤は、長椅子に横になっていた。
集合時間まで、まだ2時間近くある。
時々吉澤は、こうしてかなり早く来てしまう事がある。
今朝も例外ではなかった。

昨日、石川の家を後にして、家に帰ってから吉澤は思いきり泣いた。
石川と一緒に居た時は感じなかったが、家で一人になった途端に吉澤は泣いた。
石川を失った喪失感。隣りにはいつも自分がいるのが当たり前だったのに、
その隣りは、もう自分ではない。失ってから、大切さに気づくなんて自分は相当のバカだと、吉澤は自分を卑下した。

―「よっすぃーなんて大嫌い!このままじゃ許さないんだから!」―
昨日、石川にぶつけられた言葉を何度も頭の中で繰り返していた。

当然の事だ。これからは、石川に償う為、自分の気持ちは隠して石川に接しなければならない。
例え、なんと言われようとも石川の言う事は従うつもりだった。

昨日はつい、興奮して石川に対して言い返してしまったが、
それも謝っておかなければならない。

―しかし、石川は何を考えているのだろう???

吉澤は昨夜は殆ど寝てなかったので、そのまま、うとうとと眠りに落ちていった。


そして、吉澤が眠って少ししてから、楽屋のドアが開いた。

―やっぱり・・・
石川は眠っている吉澤を見て心の中で呟いた。
決まって吉澤は、何か重大な事があった日の次の日は決まって朝早く来る事が多かった。
それを見越して、石川も今日は早めに来てみたのだが、案の定吉澤は来ていた。

(相変わらず、分かりやすい性格なのね。よっすぃーって……)

石川はくすっと笑うと、寝ている吉澤を見つめた。

キレイな顔立ち。前は、独り占め出来たのに、後藤が吉澤に近づいてから自分だけのモノではなくなってしまった。
そして、後藤を受け入れた吉澤も許せなかった。

昨日は思わず「大嫌い!」と言ってしまったが、それは勿論ウソだった。
そう簡単に嫌いになんか、なれる訳がない。
本当は、嫌いになった方がどんなに楽なのか・・・
好きなのに、こんな態度しか取れない自分にも、はがゆさを感じる。


吉澤に復讐しようと、あれこれ考えてはみるものの、なんだか自分自身が惨めになってきて、何度やめてしまおうと思ったか知れなかった。
しかし、このまま引き下がる訳にもいかず、石川のプライドも許さず自分の中で後には引けない状態になっていた。

取りあえず、後藤の謹慎が解ける明々後日までは、何もしないつもりだった。

石川は眠っている吉澤の頬に手を添えると、前屈みになって、吉澤のくちびるに自分のくちびるをそっと重ねた・・・
何度も数え切れないくらい、吉澤とはキスをしたけれど、最近のキスほど切なく感じた事はなかった。今回も例外ではない。


吉澤は夢を見ていた。
石川にキスをされる夢・・・。夢の中でも石川は切ない瞳をしていた。
「梨華・・・ちゃん‥」

ふいに、自分の名前を呼ばれて、石川は吉澤から慌てて離れた。
しかし寝言だったようで、吉澤は寝返りをうつと、また眠ってしまった。

(私の夢でも見ているの?・・・せめて夢の中の私は幸せでいて欲しいナ‥)

石川は寝ている吉澤を後にして、また楽屋から出ていった。




−4−

近くの喫茶店で時間をつぶして、再び戻ろうとした時に、丁度保田に会ってしまった。

「石川・・・」
「保田さん、おはようございます」

あの日以来、保田とは、きちんと話をしていなかった。
保田もあの夜の事は、かなり聞きたいハズだと思うのだが自分からは決して聞いてこようとはしなかった。

酔った勢いで抱いてしまったと思いこんでいるのだから、尚更聞けないだろう。

保田まで巻き込んで…。自分は最低な事をしてるのではないか?
石川は自己嫌悪に陥りそうだった。
こんな事なら、いっそ本当に抱かれてしまえばいい…とも思うのだがなかなか踏み切れずにいた。

―寂しいから抱いてもらう…。
事務的に愛されるよりはマシなのだろうか?
最後に抱かれた吉澤の夜の事を思い出すと胸が痛くなる石川だった。

なにやら深刻そうな顔をして俯き加減に歩く石川を横目で見ながらそれは自分が原因なのではないだろうか?と保田は心配していた。


全く、あの夜の記憶だけが飛んでいる保田に取っては、石川の言葉を信じる以外ないのだった。
あれ以来、お酒は控えめにしている保田だった。

「保田さん…」
「ひゃい?」
急に呼ばれて、保田の声は裏返ってしまった。
(なんなのよ、驚くじゃないの、急に・・・)
石川の方も驚いてる様子だった。

「あの夜のコトって、保田さんは全然覚えてないんですよね?」

何度か聞かれた同じ質問。なんで、何回も聞くのだろう?
―本当は抱いてないのかも知れない
石川は吉澤や後藤に復讐?する為に自分を利用しているのかも知れない。
そんな事が一瞬、保田の脳裏をかすめる。
しかし、そんな証拠はないのだ。

「保田さんは、寂しいから抱かれる気持ちって分かります?」
「?」
「そういうのってあっても、おかしくないですよね?」
「何言ってるの?石川・・・」
「保田さん、抱いてくれますか?」
石川の目が訴えていた。
「なっ、何言い出すのよ、朝から……」
保田は顔を真っ赤にさせると、慌てて石川から視線を外した。


抱くことは簡単だ。でも、気持ちが大事ではないのか?
今の石川は、大事な事を忘れている・・・。

「石川は吉澤の事が好きなんでしょう?ヘンな事言わないの」
そのヘンな事をした(と思っている)張本人が言うには、説得力がなかったが保田としては正論を唱えたつもりだった。

「よっすぃーの事は、もう好きじゃないですよ。だから…」
「あんたねぇ、つまらない意地張ってんじゃないわよ。
 私がした事は、その…謝って済む問題じゃないけど、気にしなくていいから、
 もっと素直になって吉澤と話し合いなさいよ」

気にする方は保田の方だと思うのだが、その辺は置いておいて保田はアドバイスをした。

本当は、吉澤なんかと別れて、自分の方に来て欲しいと言う思いが強いのだが、
教育係の癖が抜けないのか、どうしても石川に対しては説教じみた事を言ってしまう。
しかし、こればっかりは、石川の気持ちの問題があるので、どうしようもない。


「意地なんか張ってません」
「思い詰めて、ヘンな行動取ったりしないでよね、お願いだからさ」
「分かってますよ。保田さんに迷惑はかけませんから」

いや、既に迷惑をかけているのかも知れない。
やはり、後藤が復帰する日までは何もしない方がよさそうだと思う石川だった。




−5−

石川と保田が揃って来た時には既に他のメンバーも揃っていた。
吉澤は頬杖をつきながら、台本に目を通していたが、石川が隣りに来ると途端に台本を閉じた。
この収録が終わったら今日の仕事は、この後バラバラになる。
一緒に居る時間は少ない。
何とか謝るきっかけを探さなくては…と考えている時に限って邪魔が入ってしまう。
「ねぇ、よっすぃ〜…」
辻と加護に掴まってしまい、2人に開放された時はもう本番間近であった。
(くそっ。せっかくのチャンスだったのに)

石川の姿も見あたらず先に行ってしまったようだった。
と言うより気づけば楽屋にただ一人・・・。
吉澤も慌てて出て行こうとドアを開けた瞬間、石川が戻って来て2人はぶつかってしまった。

「きゃっ」
「うっ」
よろけて倒れそうになった石川を支えた吉澤だったが、慌てて石川から離れた。
「…ゴメン・・・。大丈夫だった?」
「・・・うん…」
石川は伏し目がちに答えた。


― 今、言わなくては
「あ、あのさ…」
吉澤が口を開きかけたのと同時に石川の声がかぶる。
「よっすぃ〜来ないから、見てこいって言われたから来ただけ。早くしてね」
「・・・う、うん」
事務的に言うと石川は吉澤を残して先に行ってしまう。

吉澤は何を言おうとしていたのだろうか?
石川は敢えて避けるように、吉澤が言いかけていた言葉を妨害してしまった。

― ここでまた昨夜みたいに言い争うのはイヤ・・・。

実際は石川自ら吉澤の様子を見に来たのだった。
それなのに、あたかも人に言われて仕方なく来たような言葉で接してしまいコレで、
また吉澤に嫌われるような態度をとってしまったと石川は思った。

― 嫌われるような事ばかりしてるよ、私・・・。


またチャンスを逃してしまった。
と言うよりも・・・避けられてるのか?
今日は多分、これで2人きりになるチャンスはない・・・。
仕方がない。メールと電話で謝っておこう。
何もしないよりはマシだろう。

吉澤は、しばしぼんやりと楽屋に佇んでいたが、諦めるとスタジオに駈けていった。




−6−

しかし吉澤は結局電話もメールもせず、今日もまた石川の家に来てしまっていた。
石川の仕事が何時に終わるか知らないし、もしかしたら戻ってこないかも知れない。
そんな事を考えたら、吉澤の胸は苦しくなったがそれはそれで仕方のない事だ。
もともと突然やって来た自分が悪いのだから。
とにかく直接会って、謝りたかった。

そして、当の石川は、その頃保田の家に来ていた。

「今朝の話は、よっすぃ〜には絶対言わないで下さいね」
「それはいいけど・・・。どうしてそこまでするかな」
吉澤の話を聞いた時は正直保田自身もぶん殴ってやりたい気持ちになったものだが、どうも保田は納得出来なかった。


「よっすぃ〜もごっちんも許せないんです」
「恨む気持ちは分からなくないけど、石川、もうちょっと素直になんなさいよ。吉澤だって後藤と別れるって言ってるんでしょ?」
「別れたからいいってもんじゃないんです!!散々人を裏切っておいて」
石川の声は震えている。
「でも石川、あんた吉澤と、より戻したいんじゃないの?」
石川は首を振る。保田はため息をついた。
「勝手にすれば?」
何を言っても無駄だと悟った保田は冷たく言った。

すると石川は涙を浮かべて保田に抱きついたのだった。
「保田さん…。私のコト、抱いてください」
「石川………」




−7−

吉澤は、寒さで目を覚ました。
9月と言っても、もう朝晩は薄ら寒くなっていた。
ドアの前でうずくまっていたので、身体も痛い。
しびれていた身体を起こし、軽くのびをする。
結局、石川は戻って来なかった。

(悪い予感というのは、本当に当たるもんだね)
吉澤は自嘲気味に笑った。
それもこれも、すべての原因が自分のせいだとあっては石川を責める立場でもない。
吉澤は石川の家を後にすると、近くのファミレスに入っていった。

そして、吉澤の携帯が鳴る。
また後藤からだ。ずっと吉澤は後藤からの連絡を無視していた。
もう後藤には甘えないつもりの吉澤は敢えて後藤を避けていた。

<<もう連絡して来ないで。 吉澤>>
すぐに返信が来る。
<<今夜よっすぃーの家に行くからね。 後藤>>
その内容を見て吉澤は顔をしかめる。
吉澤の高校まで押しかけてきた後藤の事だ、本当に家まで来るだろう。
それだったら逆に後藤の家まで行った方がいいと判断した吉澤はすぐに返事を返した。
<<何時に終わるか分からないから私からごっちんちに行く。吉澤>>
<<んあ〜、待ってるぅ。 後藤>>


吉澤としては、もう後藤と付き合うつもりはなかった。
自分の優柔不断のせいで、石川を悲しませた罪は深いと感じている。
ただ、その気持ちはまだ、石川には届いていない。
そして、届かないまま、石川は・・・多分保田と・・・・・・・・。
それを思うと吉澤の胸は張り裂けそうだった。
多分、石川も自分が後藤と関係を持った事を知った時は、こんな気持ちだったのだろう・・・。
勿論、昨夜石川が保田と寝たかどうかは吉澤の憶測でしかないのだが。

石川の事で頭がいっぱいだった吉澤だったが、後藤の事も憂鬱だった。
後藤からしてみれば納得出来ないのも当然であろう。
吉澤は、すっかり冷めてしまったレモンティーに口をつけた。


今夜、後藤の家に行くとなると、石川の家に行くことは出来ない。
おまけに今日は娘。本体の仕事はないのだ。
こんな事なら、昨日メールか電話をしておけばよかったと吉澤は後悔した。
1日経ってからでは、もうメールも電話もしづらくなってしまう。
どうして、こうタイミングが悪いのだろう?
しかし、幸か不幸か、吉澤と石川は別の収録現場で会う事になる。

吉澤は仕事の方はソロ写真集や、ラジオも平家とコンビでレギュラーが決まったり、
次の新曲も石川に続いてセンターに抜擢されたりと絶好調であった。
ただし、プライベートはぼろぼろだったが。


そして、収録現場の廊下で吉澤と石川は偶然に出くわした。
「「あ・・・」」
お互い、昨日と同じ服なのを確認し”やっぱり”と思ってしまう。
吉澤は石川が家に帰らなかった事は周知なので確認するまでもないのだが、石川は違っていた。
当然吉澤が自宅に来ていたとは知らない石川は、また吉澤が後藤と会っていたのかと勘違いしてしまう。

「最低ね・・・。ウソツキ」
石川は冷たく言うと、そのまま通り過ぎて行く。
「・・・・・・・・・」
その言葉の意味が分かった時はもう石川の姿はなく、吉澤は、ただその場に突っ立っているだけだった。
「誤解だよ」
吉澤は力無く呟いた。


吉澤は弁解をする気にもなれず石川を追いかけなかった。
会えばきっと、また言いたくない余計な事を言って口論になるのは目に見えている。−これでまた嫌われた・・・。
吉澤も、自分の現場へと向かった。

その日の夜、吉澤は後藤の家に出向いた。
玄関が開くやいなや、後藤は吉澤に抱き着いた。
「会いたかったよ。よっすぃ〜」
しかし吉澤は、自分の手を後藤に回す事はしなかった。
後藤は不服そうだったが、敢えて口にしない。
「私の部屋に行く?」
そう言われて、後藤の部屋に通された吉澤はドアが閉まると同時に後藤に後ろから抱きしめられてしまう。
「ごっちん・・・・・」
「どーして連絡くれないの?不安だったんだから…」
背中からくぐもって聞こえる後藤の声は、かすかに震えていた。




−8−

吉澤は腰に回されている後藤の腕をとくと、後藤と向かい合った。
「今日は話に来ただけだから」
その言葉には、有無を言わさない確固たる想いが込められていた。
ここで後藤に甘えてしまっては、今までと何も変わらない。
それこそ、昼間石川の誤解が、真実になってしまう。

吉澤は後藤に今までの石川の事を話した。
黙って聞いていた後藤だったが
「じゃぁ梨華ちゃんは、よっすぃ〜が私と寝たと思ってるんだ」
「…そうだと思う」
「でも梨華ちゃんだって外泊したんでしょ?もしかしたら
よっすぃ〜が言ってるみたいに圭ちゃんちに行ってたかも知れないんでしょ?
だったらお互い様じゃない。よっすぃ〜のコト最低呼ばわりする筋合いじゃないよ」
「でも、それは直接本人から聞いたわけじゃないから」


「んなの、圭ちゃんに聞けば一発じゃない」
そう言って後藤は受話器を取ろうとするが、吉澤がそれを遮る。
「やめてよ。詮索するみたいでイヤだよ」
「誤解されたままでいいんだ。・・・まぁ私には好都合だけど」
「…え?」
吉澤には後半の部分がよく聞き取れなかった。
「私は梨華ちゃんなんか、どうだっていいの。それより・・・
私の気持ちはどうなるの?よっすぃ〜。答えてよ」
後藤は吉澤の腕を掴んで揺さぶる。

「そ、それは…」
「私は、こんなによっすぃ〜のコト好きなのにズルイよ」
「ゴメン。やっぱりごっちんのコトは友達としか見れないよ」
吉澤は下を向く。
「よっすぃ〜は、友達とでも寝ちゃうんだ」
「違う!あの時は…ごっちんと過ごした日は楽しかったよ」

― 楽しかったって…。過去形にするつもり?やっと始まったばかりなのに。
梨華ちゃんのせいで別れるなんて。それも寄りを戻す訳でもなく、私を犠牲にして。
これだったら、まだ嫌われて別れる方がマシじゃない。


「ごっちんのコトは今でも好きだよ」
「ふざけないでよ!中途半端な優しさだったら要らないよ。
 そんなに梨華ちゃんが大切なら、うじうじしてないで正面からぶつかって行けばいいでしょう?」
「・・・・」
「それともコワイの?嫌われるのが…」
「まさか…」
と言ったものの吉澤は自信がないのだ。
「私が奪ってもいいんだヨ。よっすぃ〜の大切なモノ・・・」
後藤は冷ややかに笑った。
怪訝そうに見つめる吉澤に、後藤はすぐにいつもの笑顔になった。

「お茶も出してなかったね。ごめんね」
「いいよ、もう帰るから…」
「私の方は、まだ話が終わってないんだ」
そう言うと、後藤は下へ降りていった。

吉澤は腰をおろすと、先ほど言った後藤の意味を考えていた。
(ごっちん、まさか梨華ちゃんに・・・)
一抹の不安を感じる吉澤だった。


後藤が戻って来て、吉澤に手渡した物は・・・
「これって、お酒じゃない・・・」
見れば缶チューハイである。
「よっすぃ〜が飲みたいだろうと思ってさ」
(飲みたいって・・・いつ言ったんだよ…)
なかなか飲もうとしない吉澤に後藤は
「私が出した物飲めないって言うの?」
「ぃや、そうじゃないけど…」
吉澤は、渋々プルタブを引き上げると一口飲んだ。
それを見ていた後藤は
「全然飲んでないじゃない」
全部飲めと言わんばかりの視線で、後藤の目が訴えていた。
全部飲んだらどうなるのか、それは吉澤自身が一番良く知っていた。
そんな危険な行為は出来ない。これでは、殆ど脅迫ではないか。
しかし、吉澤は一気に飲み干してしまう。
「いい飲みっぷりだね。それでこそ、よっすぃ〜だよ…」
後藤は満足気に微笑んだ。


「話ってなに???」
早々に話をして、切り上げてしまおうと吉澤は思ったのだが…
「別にもう帰ってくれてもいいけど・・・その前に」
「その前になに?」
「私のコト、殴るか抱くか、どっちかにしてくれる?
 そうしたら、よっすぃ〜のコト、諦めてあげる…」
「そっそんなコト・・・両方出来ないよ…。何言ってんだよ」
殴られるなら分かるが、殴る事なんか出来ない。そして抱く事はもっと出来ない。

予想通りの答えだった。そして、後藤は元から吉澤を眠らせて帰らせない事が目的だった。

「最後なんだからいいでしょ?よっすぃ〜の身体忘れたくないもん。
 愛し合って終わろうよ…。よっすぃ〜にも後藤の身体覚えていて欲しい…」
後藤は吉澤の首に手を巻き付けると、耳元で囁いた。


昨日は、外で眠っていたせいか、疲労感も酷く、早くも酔いと眠気が襲って来る。
「ダメだったら…ダメだよ。私、もう帰る…」
吉澤は拒否したものの、既に身体はふらついていた。
(ここで、寝ちゃったら・・・ごっちんに……)
後藤にキスをされると、吉澤の頭は、もうダウン寸前だった。
そして、ゆっくりとベッドに落ちていく。
身体は抵抗しようと懸命にもがこうとするのだが、
後藤の力に勝てるハズもなく吉澤は後藤に組み敷かれると、洋服を1枚1枚はがされていった。

― 同じような光景、前にも一度どこかで…。あれは梨華ちゃんの部屋だったっけ…。
あの時は、梨華ちゃんが丁度来てくれて……。今日は、もうダメだね。
神様なんて、いやしないんだ。梨華ちゃんゴメンね。ゴメンね…。

薄れゆく意識の中で最後に思い出したのは、石川の顔だった。
そして吉澤は、そのまま眠りに落ちていった。


石川は、その頃、まだ仕事をしていた。
(よっすぃ〜?)
一瞬、妙な胸騒ぎを覚えた。
隣りにいたスタッフに「どうした?」と聞かれたが曖昧に返事をするしかなかった。

― よっすぃ〜なんか、どうにでもなっちゃえばいいんだ。心配する必要なんて……。

そう思ってはみるものの、吉澤の事は気になる訳で、昼間の吉澤の表情が気になっていた。酷く疲れていて……。何か言いたげで…。
でも、追いかけては来なかった。

― もぅここらが潮時なのかな、私たち。

このまま吉澤を引き留めておいたところで、何になると言うのか。
会えば喧嘩をし、お互いプラスにならない。
復讐してやろうと考えていた石川だったが、石川自身も疲れてしまってもう、どうでも良くなってしまった。
保田には自分の気持ちが大事だと言われたが、やはり自分一人頑張ってもどうにもならないと言う事はある。
幾ら自分が好きでも、相手の気持ちが冷めてしまったら、どうにもならないのだ。
この数週間で、石川はそれをイヤと言う程味わった。

― この辺で別れた方がいいんだ。きっと・・・

石川が出した結論だった。




−9−

翌朝、吉澤は目を覚ました。そして辺りを見渡すと、脱ぎ散らかされた洋服が転々と床に転がっていた。隣りには、後藤が眠っていた。

― やっぱり、あのまま私は・・・。

ハッキリ言うと、吉澤は押し倒された後、殆ど記憶がなかった。
後藤を責める気にもならず吉澤は声を押し殺して泣いた。
そして、そっとベッドを抜け出ると、衣類をかき集めて、家族の人に気付かれないように浴室へと向かい熱いシャワーを浴びた。

自分の身体を見ると、後藤に付けられた跡が身体中に転々と残っていた。
首筋や胸元あらゆる場所に・・・。
― ごっちんを裏切った罪なんだ、きっと・・・
吉澤は、また浴室でも一人泣いたのだった。


再び後藤の部屋に戻ると、後藤も目を覚ましていた。
「おはよぅ、よっすぃ〜…」
「・・・・・」
吉澤は無言のままだった。
「勝手にお風呂借りちゃった。ごめんね。もう帰るよ私」
曖昧に微笑むと吉澤は後藤に背を向けた。
「言う事はそれだけ?」
後藤はたくさんあるのだろうが、少なくとも吉澤は後藤に言う言葉はなかった。

「………ごめんね」
「なんで謝るのよ」
「私が悪いから。ごっちん裏切っちゃったから……」
「もぅいいよ。帰ってよ」
「…うん・・」
吉澤は、そのまま振り向かずにドアを開けると帰っていった。


後藤は、吉澤が出て行くと布団を被り、声を上げて泣いたのだった。
実際、後藤は吉澤を抱かなかった。と言うより抱けなかった。
身体中に付けた、しるしは後藤自身の精一杯の復讐だった。
― こうすればきっと、よっすぃ〜は私にやられたと思うハズ。

めちゃめちゃにしてやりたい!と思った後藤だったが、いざ裸にして無防備の吉澤を目の前にすると躊躇してしまった。
それに、吉澤が呟く言葉は、石川の名前だけだった。
それでも、吉澤を愛していると後藤は実感してしまうと、ますます自分も辛くなるのだった。

「後藤はよっすぃ〜が好きで…よっすぃ〜は梨華ちゃんが好きで…
 梨華ちゃんは、よっすぃ〜が好きで……。邪魔なのは後藤……」

そんな言葉を呟くと後藤は寂しそうに笑った。

やっぱり身体だけじゃ、どうにもならない。心まで奪うコト出来なかった。それでも、まだ諦めきれない自分に呆れてしまう。

吉澤と石川の仲が元に戻るのを願うほど、後藤はお人好しではなかった。

― やっぱり、梨華ちゃんを・・・

後藤の吉澤への愛は歪んだ形に変化していった。




−10−

吉澤は服を着替えに一旦家に戻った。
今日の仕事が午後からで本当に良かったと思う。
しかし、今日も石川と一緒の仕事は無い。
スレ違ったまま、石川との関係も終わる。何となく吉澤は感じていた。
そして、明日からは後藤も仕事に復帰してくる。

再び仕事に向かおうと早めに家を出て、駅まで歩いている時に吉澤の携帯が鳴った。

― これは.......。着メロは『恋人は心の応援団』―――――
出る前から、それが誰だか分かる。吉澤は一呼吸置いて電話に出た。

「もしもし……」
【よっすぃ〜?今日の夜時間取れる?】
「ぅ、うん」

石川の家の近くのファミレスで待つように言われた。

【多分私の方が遅くなると思うけど、待っててくれるかな?】
「分かった。ずっと待ってる」

―たとえ、梨華ちゃんが来なくても私は待ってる。ずっとずっと・・・。


吉澤は今日の仕事を淡々とこなし、約束の場所へ来ていた。
―昨日の朝も、ここにいたよな私…。

今日呼ばれた理由(わけ)。言われる前から察しはついていた。

1時間ほど遅れて、石川がやってきた。
「遅くなってゴメンね…」
石川は走って来たらしく、呼吸が乱れていた。
「ずっと仕事だったんだね。お疲れサマ」
「このところ、ずーっと忙しくて...。帰ったら寝るだけみたいな感じ」
石川は苦笑する。
「カン梨華の新曲いいね。私凄く好きだよ。着メロにもしてるんだ」
「…そうなんだ。ありがと」

――何言ってんだろ私。そんなコト言ったって梨華ちゃん困るよな。バカだな私。

なんとも言えないよそよそしい空気。


石川が頼んだアイスレモンティーが運ばれて来ると、石川は単刀直入に言った。

「別れようか。私たち...」

予期していた科白とは言え、実際言われるとそぅとぅ堪える。
しばしの沈黙の後・・・

「そうだね...」
吉澤は曖昧な笑みを浮かべながらやっと答えた。

「私も色々考えたんだけど…今のままじゃお互いプラスにならないし…。
 それに、疲れちゃったよ」
「・・・・」
「もう、こうやって呼び出したりしないから安心して。メンバーとしてよろしくね、よっすぃ〜」
「ぅん...」
石川の顔をまともに見れない。見たら泣いてしまいそうだった。
自然と顔は俯いてしまっている。

「よっすぃ〜私を見てよ。最後ぐらい笑って別れよう?」

――悪いのは私なのに、最後まで梨華ちゃんに迷惑かけて…。カッコ悪いね私。
梨華ちゃんだってツラいハズ。それとも…もうフッきれてるの?

吉澤は涙が出るのをこらえて石川を見つめた。
石川は気丈にも笑っていた。いつもと変わらない笑顔で。

――梨華ちゃんの方が大人だね。私は…ダメだな、やっぱり…。
梨華ちゃんにはかなわないや。


「よっすぃ〜笑ってよ」
石川は少し困った顔をしている。そして手を差し出した。
吉澤も恐る恐る手を出して握る。石川の手はあたたかかった。

「ポジティブに考えよ。遅くまで待たせてゴメンね。もう遅いから...おやすみ」
そう言って伝票を取ると石川は立ち上がった。
「私が払うよ...」
しかし石川は「最後ぐらい私に払わせてよ。それに待たせちゃったし」
と言って、そのまま行ってしまった。

"最後"と言う言葉が吉澤の心に突き刺さる。
そして、石川は店を出て、吉澤の視界から見えなくなった。

――本当に...本当に別れちゃったんだ。私たち.....。

吉澤は、そのままテーブルに突っ伏して声を押し殺して泣いた。


石川は店を出た途端に涙が出て来た。
話を早々に出して、すぐその場から去ったのも石川自身が泣きだしそうだったからだった。

――最後ぐらい、笑顔じゃないとツラいもん。

石川は家に着くと、ドアポストを開け、大量に入っているDMや郵便物を取り出した。
どうせ下らないチラシばかりなので、ここ2、3日忙しくて開けて見なかったのだが・・

「ゴミが増えて困っちゃうヨ」
石川は文句を言いながらも、1つ1つに目を通していたが、手の動きが止まった。

―――こ、これは・・・・・。




−11−

見慣れた文字。小さなメモが紛れていた。

「梨華ちゃんへ
 昨日はごめんなさい。
 ちゃんと謝りたくて来たけど
 留守みたいなんでメモ残しておきます。
 朝晩寒くなりました。梨華ちゃんも
 カゼひかないように。
            吉澤」

――昨日って、いつの話?

このメモは一番下にあった・・・。
と言うことは・・・口げんかをした翌日?

石川はハっとしたように顔を上げた。

――私が保田さんちに泊まった日だ。よっすぃ〜私の家に来てたんだ。
もしかして…朝まで?だとしたら・・・・・・

昨日、別の仕事で吉澤に会った時に、自分は酷い事を言ったのを思い出した。

「よっすぃ〜・・・」

石川は慌てて、そのまま外へ飛び出した。


先ほどまでいたファミレスに急いで来てみたが、既に吉澤の姿はなかった。
駅まで歩いてもすぐだ。もう電車に乗ってしまったのかも知れない。
それでも石川は、諦めきれずに、吉澤の名を呼び続けた。

――もう帰っちゃったよね・・・

酷く落ち込みながら石川は諦めて家へと戻る。
その小さなどこか頼りなげな後ろ姿を見ながら、いつ声をかけようかと吉澤は躊躇っているうちに、もう石川の家は目と鼻の先まで来ていた。

「梨華ちゃん...」
ビクンとして石川の背中が立ち止まる。吉澤はゆっくりと石川の前に立った。
「あんまり人の名前呼ぶから、恥ずかしくて出られなかったよ」
吉澤は照れくさそうに笑った。もう泣いていなかった。
「よっすぃ〜・・・」
吉澤の顔を見た途端、石川は泣き崩れた。慌てて吉澤は抱き留める。
「ごめんなさい...」


吉澤は石川の髪を優しく撫でながら
「梨華ちゃんが謝るコトじゃないよ。全部私が悪いんだ」
「違うの。よっすぃ〜のメモ。さっき気付いたの...」
吉澤は"あぁ..."と言った顔をした。
「私、勝手に誤解して、酷いコト言っちゃった。ゴメンなさい」
吉澤はフッと笑うと
「もぅいいんだヨ。誤解が解けただけでも良かった。全てタイミングが悪かっただけ。
 そう思われても仕方のないコトしてきたんだもんね。
 私の方こそゴメンね梨華ちゃん。苦しめちゃったね。もう泣かないで」
「う、うん」
それでも石川の目からは、涙がとめどなく流れ落ちる。

「梨華ちゃんさっき言ったじゃん。最後ぐらい笑って別れようって・・・。
 だから笑って?」

――別れたくない・・・。別れたくないヨ。
石川の気持ちは揺れ動いていた。


「よっすぃ〜私・・・」
「梨華ちゃん!!」
吉澤はそれを遮る。
「もう恋人じゃないけど・・・私はいつまでも梨華ちゃんのコト見てるし、
 相談に乗るよ。って言うか私も色々梨華ちゃんには相談したいし、友達としてでも付き合っていきたいから…。調子良すぎるかな?」
吉澤は自分のハンカチを出すと石川に渡す。
石川は言おうとしていた言葉を飲み込み、黙ってハンカチを受け取った。

「私もそう思ってたとこ・・・」
石川はそれだけ言うのが精一杯だった。
「良かった。これで私も安心して帰れるよ。おやすみ、梨華ちゃん」
吉澤は笑顔で言うと、帰っていった。

吉澤は電車に揺られながら思う。
――これで良かったんだ……と。

石川が言いかけた言葉は、安易に察する事が出来たが、敢えて言わせなかった。
――これで良かったんだよ・・・。
吉澤も自分自身に言い聞かせるのだった。




−12−

翌日。後藤仕事復帰の日。

保田は石川を捕まえると、そっと耳打ちした。
「今夜、約束通り、吉澤と会う事にしたから。一応確認ね」
「ハイ...」

保田に言われて石川はハッとする。ここ数日、後藤の事まで頭が回らなかった。
すっかり決行日が今夜である事を忘れていた。
―と言うよりも、既に後藤に対しても、何の気力もない石川だった。
(そう言えば、保田さんに頼んでたんだっけ・・・)

保田に"もういいです"とも言えず、石川も後藤を捕まえた。
意外にも後藤の方から逆に誘って来た。
「今夜、梨華ちゃんち行ってもいいかな?」
石川はそれが罠であるとも知らず、逆に誘われた事でホッとしていた。


そして夜――。
後藤は石川の家にいた。

「謹慎中、ヒマだったからクッキー焼いたの。良かったら食べてね」
手みやげのつもりなのか、そう言って後藤は石川に手渡す。
「ありがとう。早速出すね。今、お茶いれるから。紅茶でいいかな?」
「うん」
ここまでは計算通り。この後が問題だ。うまくいくかどうか・・・。
後藤は、じっとりと汗をかいていた。


「こうして保田さんと会うのって、超ひさぶりですよね」
ここ数日の吉澤の様子と打って変わって何事もなかったような素振りだ。
「私が呼び出した訳は言わなくても分かってると思うけど―」
保田が言いかけるのを遮るように吉澤が口を開いた。
「知ってると思いますけどー。私と梨華ちゃん正式に別れたんですよ。
 だから保田さんも、もうコソコソしないで遠慮なく梨華ちゃんと付き合っちゃって下さい」
「は?――吉澤、一体何言ってんの?」
石川と別れた件は、当然保田の耳に入ってると思った吉澤も同じく聞き返した。
「保田さんこそ、何言ってるんですか?てっきり私は・・・」
「…てっきりって何よ?」
「交際宣言でもするのかと思いましたよ」

「そんな事ある訳ないでしょ!」
「だって保田さん...梨華ちゃんと、その‥一晩…」
吉澤は言いにくそうに言う。

――何を勘違いしてるんだ吉澤は。勝手に誤解して。まぁ石川に言われたんなら無理もないけど。もうちょっと信じてやれ!っての。


「誤解してるみたいだからハッキリ言っておくけど…。
 石川とは何もないからね。あんた石川の狂言を信じてただけ」

吉澤は驚きのあまり、池の鯉みたいに口をパクパクさせている。

「だって梨華ちゃん"寂しいから抱かれた"とか、この前梨華ちゃんが外泊した時だって勝手な想像ですけど、きっと保田さんと・・・」
吉澤は言って照れている。
「―確かに石川から誘われたのは事実だよ。でもいくら私が石川の事好きでもそんなんで抱くほど飢えてないよ。
 それに腑に落ちない事があったから石川問いつめたら、最初に抱いた話も石川の作り話だった・・・」
「最初に抱いた話って?」
保田は嫌だったが、泥酔した日の夜、石川が訪ねて来た夜の事を話した。


「…じゃぁ、保田さんも梨華ちゃんに騙されたんですね」
「―吉澤、あんたもイヤな事をハッキリ言うわね。その通りだけど」
保田は苦笑する。
「石川がそこまでした気持ち、考えてやりな」
「でも、もう終わった事ですから・・・」
「ま、気持ちの整理が出来てるなら、私も何も言わないよ。ただこれからどうするの?」
「私は、もう誰とも付き合わないです。ごっちんとも…。暫くは仕事に没頭したいです」


テーブルにクッキー、そしていれたての紅茶が置かれた。
「こうして、2人っきりで話すのって初めてじゃない?」
「そ、そうだね…」
(何を動揺してるんだろう私は。ヘンな素振りを見せて不審がられちゃ台無しだ)
後藤はハンカチを握りしめた。

「話って何?」

そんな事言わなくても分かってる。石川と後藤の共通の話と言ったら吉澤の事しかない。
石川は後藤と話すのが少し苦手だった。と言うより・・・吉澤の事があってますます溝が出来たと言う感じだ。
元々仲が良かった訳でもないし悪かった訳でもない。

「よっすぃ〜の事なんだけどさ〜・・・」

そう言って、そっと手に持っていた携帯から後藤は石川に電話をした・・・。
石川の携帯が鳴る。
「あ、ちょっとゴメンね」
キッチンにおいてあるらしい石川の携帯が鳴ると、石川は立ち上がって居間から出て行く。
その隙に、後藤は石川のカップの中に白い粉末を入れた。


―「もしもし?・・・」
石川は首を傾げてるらしい。すぐに戻って来た。
「どうしたの?」
後藤はさりげなく聞いた。
「うん。すぐ切れちゃった」
「いた電?」
「…かな。非通知だったし・・・」
「そっか。取りあえず食べようか」
「そうだね・・・」

・・・問題は石川が紅茶を全部飲むかどうか。
最初はクッキーにも細工しようかと思ったが、さすがにそれはやめた。
しかし、これは成功するのかどうか後藤自身も自信がなかった。
なにせ、やるのは初めてなのだから。
―――本当に睡眠薬って効くのかな・・・。

しかし、そんな心配は後藤の取り越し苦労に終わる。
石川は喉が乾いていたのか、紅茶を一気に飲み干した。

「美味しいね、このクッキー。羨ましいなごっちんが」
「梨華ちゃんだって、結構作ったりしてるじゃん」
そんな世間話をしながら、後藤はそっと胸をなで下ろした。
―――これからが本題だ。


「ごっちんも、もうよっすぃ〜から聞いてるかな?」
石川の方から話を持ち出した。
「ん?」
後藤は顔を上げる。
「昨日ね、よっすぃ〜と別れたの…」
「うそ・・・」
後藤は信じられないと言った顔で石川を見つめた。
「聞いてないんだ。本当だよ。ウソ言ったって仕方ないじゃん」
石川は力無く微笑む。
「だって、よっすぃ〜だって梨華ちゃんだって・・・」
―――これじゃぁ私の計画は・・・

「ごっちんが驚くコトないじゃない。むしろ喜ぶべきなんじゃないの?」
石川は皮肉っぽく言う。
――だって前に「よっすぃ〜と別れてよ」って言ったのはごっちんなんだから。

「梨華ちゃんは聞かないの?私とよっすぃ〜がどうなってるか・・・」
「もぅ関係ないから。よっすぃ〜が誰と付き合おうと・・」
「そんなのウソじゃん」
「なんで?」
「本当は気になって仕方ないクセに。なんで別れたのよ?」
後藤は石川に詰め寄っていた。
「ごっちんには関係ないでしょ?答える必要もない…」
石川は後藤をにらみ返す。


「よっすぃ〜が大切なモノって何か知ってる?」
「?」
「私も、その大切なモノ味わってみたいんだ」
「味わう?」
石川が怪訝そうな顔をした時には、既に後藤に自分のくちびるを塞がれていた。
咄嗟の事で石川は回避出来ないで、後藤にくちびるを奪われてしまった。

「なっ、何するの???」
まさか後藤がそんな行動を取るとは思ってもいなかった石川は狼狽していた。
「私も梨華ちゃんを食べてみたいんだ・・・」
後藤にベッドに押し倒されると、石川は組み敷かれた。
後藤の目はうつろだった。石川は恐怖を覚えた。
そして、急に石川は眠気に襲われる・・・。

――こんな時になんで???意識が・・・

抵抗しようにも、石川の意識は次第に遠のいていく・・・。

――ヤダ。このまま私は、ごっちんに?よっすぃ〜…助けて・・・。


そう言えば、後藤はどうしているのだろう?
あの朝、別れたきり、一言も話していないけれど・・・。
吉澤は、ふと思い出した。

「今頃、あの2人も会ってると思うよ。何話してるか知らないけど」
「あの2人って?」
吉澤は聞き返す。
「石川と後藤」
急に吉澤は胸騒ぎを覚えた。後藤は"大切なモノ奪ってもいい"とか言ったのを思い出す。まさか・・・まさかね・・・?
「ど、どうして会ってるんですか?」
「今日の事は前々から石川に頼まれてたのよ。後藤に話があるからって…。
 私は吉澤呼び出してくれって」
当然、逆に後藤から石川を誘った事は、保田も吉澤も知らない。
嫌な予感がする。吉澤はその場で保田と別れると後藤の携帯に電話をした。
―――繋がらない・・・
そして、石川の携帯に電話をした。




−13−

【・・・・】
多分、吉澤の予想通り、何も答えない。
「…ごっちんなんでしょう?梨華ちゃん出してよ」
暫くすると、溜息と共に後藤の声がした。
【…梨華ちゃんなら、今出る事出来ないよ】
「どうして?」
【そんなの、自分の目で確かめてみたら?梨華ちゃんちにいるからさ】
そう言って後藤は笑うと電話は切れた。

―まさか・・・本当にごっちんは、梨華ちゃんを・・・・

吉澤はタクシーに飛び乗ると、石川の家に向かった。
そして石川の家の前に着くと、吉澤は慌ててカギを取り出し開けて中に入った。


「梨華ちゃん!!」
居間に入ると、そこには信じられない光景が・・・
と言うより、ある程度吉澤が想像していた光景が広がっていた。
石川の側にいる後藤に掴みかかる。
「どうして、こんなコトを!!!!」
「よっすぃ〜のコト、めちゃめちゃにしたかった…大切なモノ…」
後藤はへへっと笑う。
そして、吉澤の拳が後藤の頬に飛んだ。
「やべっ!」
我に返った時には遅くあっけなく後藤は、ノックアウトされ気を失いかけた。
最近ボクシングづいてる吉澤のパンチは強力だった。
慌てて後藤を抱き起こす。
「ごっちん!!!!!!」
「…やっと、本気で殴ってくれたね...。こうでもしないとよっすぃ〜は…」
―――ごっちん、わざとこんなコトして・・・。

「梨華ちゃんに何したの!?」
「大丈夫。睡眠薬で眠ってるだけだから…。何もしてないよ。しようとしたけどやっぱり・・・出来なかった」
後藤は笑うと、そのままガクっと気を失ったのだった。


吉澤は濡れタオルを後藤の頬に当てる。頬に手を当てるとかなり熱かった。
暫く、後藤を寝かせておくと、石川の側に行った。

「梨華ちゃん・・・」
吉澤は悔しそうにくちびるを噛み締めて、石川を見つめる。
石川はスースーと息を立てて眠っている。
吉澤は石川の服を集めるとTシャツを着させて、そのまま布団をかけた。

―――これから、どうしよう。このまま梨華ちゃんちに居る訳にもいかない。
かと言って、ごっちんをどうしたら・・・。

困った吉澤は、保田に電話をした。事情を話すと、保田は納得してくれた。

【じゃぁ、これから後藤連れてウチに来なよ。後藤の面倒見るからさ】
「ありがとうございます!やっぱり保田さん頼りになります!」
【調子良いぞコラ!まぁいいや。早く来な】
「はぃ」

吉澤は後藤を抱きかかえると石川の家を後にした。
外はどしゃ降り・・・。なんとついてない事か。
こんな雨で後藤を抱えて、ずぶ濡れになりながらタクシーを待つ。
当然、タクシーをつかまえた時には、運転手からイヤな顔をされた。
しかし、そんなのを気にしてはいられない。


保田の家の前に着くと、再び後藤を抱えて外に出る。
「よっすぃ〜…」
気を失いながらも、後藤は吉澤の名前を呼んでいた。
ちょっぴり吉澤の胸は痛む。自分のせいで後藤に、こんな事をさせてしまった自責の念。
後藤を殴る資格なんて自分には、ないのかも知れない・・・。
でも、自分ではなく石川に矛先を変えて傷つけた事が吉澤は許せないのだった。

保田に後藤を引き渡した。
「あんたずぶ濡れじゃない・・・」
保田はタオルを持って来てくれる。それで拭きながら
「ごっちんも濡れてますから、風邪ひかせないようにして下さい」
「うん。分かった。後は任せて。吉澤は石川の家に戻りな」
「え?」
「え?じゃないよ。石川一人にさせる気なの?」
「でも、私は、もう・・・」
「何言ってんのよ!さっさと行きな!命令だよ!!」
「はぃ」
保田に言われるまま、再び吉澤は石川の家に戻る。
どんな顔して会えばいいんだろう。


石川の家に戻ると、重い足取りで吉澤は石川の側へと座り石川の手を握った。

「梨華ちゃん、ゴメンね。恐かったよね。すぐ行けなくてゴメン。
 もっと早く気づくべきだった・・・」

吉澤は石川の前で泣き崩れる。
そして、吉澤も疲れから、そのまま眠ってしまうのだった。




−14−

後藤が目を覚ますと、そこには保田の顔が目の前にあって。
「きゃぁ〜!・・・いてっ・・・」
慌てて後藤は頬に手を押さえた。ズキっと痛む。

「後藤!あんたも失礼なヤツだね!」
保田は後藤の額を小突く。
「でも、ま、そんだけ元気があれば、もう大丈夫だね」
保田は笑って後藤を見る。

「・・・でも、なんで私、圭ちゃんちにいるの?」
後藤は布団から顔だけを出して、保田に訊ねた。
「吉澤が石川んちから、此処まで運んで来たんだよ」
「・・・よっすぃ〜が…」
「後藤、吉澤に思い切り殴られたんだって?・・・
 女に手を上げるのは、私も感心しないけどね。でも殴られても仕方ないね。後藤は」
「ゴメン。こうしないと、よっすぃ〜本気で殴ってくれないから。…よっすぃ〜は?」
「石川んちに帰させたよ。ここに居たって仕方ないだろ。
 吉澤からの伝言で、謝まっておいてくれって。あと風邪ひかないようにって。
 一応、身体拭いておいたから大丈夫だと思うけど?」
「風邪って?」
「昨日、凄い雨だったのよ。後藤運ぶの大変だったみたいだけどね。
 これで吉澤が石川んちでぶっ倒れてたら大笑いだけどね」


「よっすぃ〜と梨華ちゃんって、本当に別れちゃったんですかね・・・」
後藤はボーっとしながら呟く。
「今回は、吉澤の意志は固いみたいだね。ずっと優柔不断だったからね、吉澤」
「よっすぃ〜に謝らなきゃ・・・」
「後藤。あんたも、もうヘンなマネするんじゃないよ?」
「うん。でもね、圭ちゃん。私もやっぱりよっすぃ〜が、まだ好きなんだ。
 もう気持ち届かないけど・・・。諦めないといけないんだね」

後藤の目から涙が溢れる。保田は後藤の頭を自分の肩に引き寄せた。
「あんたも我慢しないで、泣きな。いつでも肩貸してあげるから」
「・・・ありがと。圭ちゃん...」
後藤は保田の肩を借りて、思い切り泣いた。
涙の味は、しょっぱくて苦かった。




−15−

翌朝。
石川は目を開けると、少し顔をしかめた。軽い頭痛がする。

―そう言えば、私ごっちんに・・・・。

後藤にキスをされてからの記憶が飛んでいる。吉澤の名前を呼んでそのまま意識が遠のいていったまま・・・。

石川は自分の手を握っている感触に気づき、そちらの方向に視線を移した。
「よっすぃ〜?・・・」

いつの間に来たのだろう?吉澤が自分の手を握りながら眠っていた。
石川は身体を半身起こすと、吉澤の顔を覗き込んだ。

再び、こうして吉澤と一緒にいられるなんて思ってもみなかった。
ちゃんと、吉澤は自分の事を助けに来てくれたんだと思うと、石川は嬉しかった。
勿論、手放しで喜べるような状況ではないけれど、吉澤が側に居るだけで石川は幸せだった。


俯いて眠っている吉澤の顔を起こすと、その綺麗な寝顔に、石川はそっとキスを落とす。
自ら別れを告げておいて、キスをするのは反則なのは分かっているが石川は吉澤を抱きしめたかった。
―――よっすぃ〜・・・やっぱり、あなたが好き。。。

今考えると、自分も浅はかな行動をしたと思う。
後藤が何を考えているか良く観察すべきだった。
自分が薬を入れられて、まんまと罠にかかってしまうなんて・・・。
それも、自分が吉澤にしようとした事を、そのまま自分の身に降り懸かるとは誰が想像したろうか?
――バカな私・・・。

寝ている吉澤に、もう一度、石川はくちづける。
吉澤の目が覚めたって構わない。少し強めに石川はくちづけるのだった。


「・・・・・」
吉澤は、その柔らかい感触に夢見がちに目を覚ましかけた。
―これはきっと夢だね。夢・・・夢・・・・昨日の事も夢だったんだ・・・。

吉澤は、うっすらと目を開ける。目の前には石川が目を閉じて自分にキスをしている。
――り、梨華ちゃん!????
吉澤は急に胸の鼓動が激しくなる。気づかれそうなくらいに。

――それとは別に身体も熱いんだけど。気のせいかな?頭もボーっとしてるし。

まだ、石川は吉澤の目が覚めた事には気づいてないらしい。

――どうしよう・・・。でも、なんで梨華ちゃんは私にキスをしているんだろう?
暫く様子を窺っていた吉澤だが、一向にくちびるを離す気配がなかった。
そのキスには、今までにないくらい石川からの愛情を感じて吉澤は戸惑うのだった。


――もぅ別れたのに。私たち・・・。梨華ちゃん一体・・・。私が梨華ちゃんの言葉を制した意味がないじゃない。ケジメつけなきゃダメだよ。

吉澤は意を決して、自分からくちびるを離した。
「よっすぃ〜起きてたの?」
「だ、ダメじゃん。こんなコトしちゃ・・・」
「ゴメン・・・」
石川は哀しそうに俯く。
(謝られちゃった・・・。そんなつもりじゃないのに)
「一昨日の意味が全然ないじゃん。私達別れたでしょ?友達なんだよ、もう。
 笑って別れたじゃん」
「あれは・・・」
「ウソだって言いたいの?」

――私はこんなコト言いたいんじゃないのに。でも、ここで流されちゃダメなんだ。

「私、もう今は誰とも付き合う気ないんだよ。仕事に専念したいの。
 梨華ちゃんも言ったじゃん。もう疲れたって。それはマジ思うよ。だから、もう いいじゃん」


「じゃぁ、なんでよっすぃ〜は、ここにいるの?」
「そ、それは・・・。ごっちんが梨華ちゃんを・・・。だから殴ってやっただけ。
 それは梨華ちゃんじゃなくても同じ事してたよ、きっと。ごっちんは今は保田さんちにいるけど。
 ごっちんには謝らせるから。…私のせいだけど、これも・・・。
 傷つけてゴメン・・・」
吉澤は頭を下げる。
「自分に責任感じてるから、ここにいるんだ」
「・・・うん」
「そんなんだったら来て欲しくないよ!もういいから帰ってよ!」
石川は思いっきり枕を吉澤めがけて投げつけた。
吉澤に枕が命中すると、そのまま吉澤は倒れ込んで動かなくなった。
「・・・よっすぃ〜?ふざけないでよ・・・」
しかし、吉澤は動かない。慌てて、石川はベッドから抜け出すと吉澤を抱き起こそうとした。

そう言えば、吉澤の服は濡れていて冷たい。そして、くちびるは熱かった。
髪も少しだけ濡れている。
慌てて、吉澤の額に手をやると、石川はギョッとした。凄い熱だ。
「よっすぃ〜〜〜!!!!!!!」
石川は大声をあげて吉澤を呼んだ。




−16−

「死んじゃヤダよぉー!!!」
遠くから石川の声がして、吉澤は意識を取り戻した。
「こんくらいで人を殺さないでくれる?」
気付けば、梨華のベッドに横たわっていた。
「良かった。よっすぃ〜!!!」
石川は吉澤に抱きついた。
(う。重い...。でも嬉しいよ、梨華ちゃん)
吉澤は石川の背中に手を回した。

「今日は仕事休まなきゃダメだよ」
ハッとして吉澤は解けに目をやる。もう、出かけないと。
「ダメ。今日から新曲の振り付けのレッスンじゃん。
 初日からスッぽかす訳にはいかないよ。それに今回はセンターなんだもん。余計だよ」
起き上がろうとする吉澤に石川は制した。
「無理だよ、よっすぃ〜そんな身体で…」
石川は吉澤の胸に抱きついた。
「梨華ちゃん・・・」
(いつから梨華ちゃん、そんな甘えん坊になったの?
 もう友達っしょ。私たち・・・)
以前の吉澤だったら、喜んで寄りを戻したのだろうが、
やはり後藤に負い目を感じているのか、石川と元に戻ろうとは現時点では考えていなかった。


気付くと吉澤は石川のTシャツを着ていた。
およそ趣味の良いTシャツとは思えなかったが、濡れた服を脱がしてわざわざ着せ替えてくれたのかと思うと、
その奮闘している姿を想像して吉澤は苦笑いすると同時に感謝をした。

「梨華ちゃんありがと。でも私は行くよ!!プロッすから」
吉澤は気合いを入れて起き上がった。
フラッと軽いめまいが起きたが、行かなくては。
「梨華ちゃん、悪いけど薬あるかな?」
(ホントは、もひとつキスも欲しいところだけど…)
言っても聞かないと諦めたのか、石川も立ち上がると解熱剤と水を持って来てくれた。

「本当にタクシーじゃなくて大丈夫?」
「…勿体ないからいいよ、梨華ちゃん電車で行こ!」
昨日は予想外にタクシーに3回も乗ってしまい、吉澤の財布は大ピンチでもあった。
(梨華ちゃんに出させる訳にはいかないもんね)

――そう言えば、ごっちんはどうしたろう?
保田さんがきっと、何とかしてくれたよね。
ごっちんにもちゃんと謝らないとな。

吉澤は石川に手を引かれて駅までの道を歩きながら思うのだった。




−17−

レッスン場に着くと、ほぼ同時期に保田と後藤も入って来た。

「後藤、どうしたんだよ、その顔…」
飯田の声に、既に来ていた他のメンバーも視線が後藤に集中した。

「これ?弟と昨日派手に喧嘩しちゃってさー。思い切り
 殴られちゃったんだよねー」
後藤は湿布を触りながら苦笑いしている。
「ごっつぁん、まだ姉弟ゲンカとかしてんのー?大人になんなきゃダメじゃん」
「そうなんすけどねぇ・・・。あはは」
後藤の痛々しい湿布姿。その言い訳に吉澤の胸は痛んだ。
(ゴメン。ごっちん・・・)

少し遠巻きで見ていた吉澤は後藤と目が合う。
後藤は微笑んでいた。
隣りにいた石川も心配そうに後藤を見ていたが
「ごっちん大丈夫かな」
石川は、吉澤の方に気を取られて、昨夜後藤に襲われた事を忘れていた。
「梨華ちゃんこそ大丈夫?…ごっちん結局、何もしなかったみたいだけど…」
「よっすぃ〜が心配で、自分のコト忘れてたよ」
「梨華ちゃん・・・」
(そんなに私のコト・・・)


「よっすぃ〜こそ平気なの?熱はどうかな?」
石川は自分の額を吉澤の額に押し付けてみる。
(り、梨華ちゃん!)
「まだ少しあるみたい。あんまり無理しちゃダメだよ」
「うん」
本当に心配そうに見つめる石川に吉澤は黙って頷いた。

―――別れてから梨華ちゃん優しくなったな…。私たちって別れてるんだよね?
でも、友達と恋人の境ってなんだろう?
もう一度梨華ちゃんにはハッキリ言った方がいいのかな。


休憩時間の合間に、吉澤は後藤の隣りに座っていた。
「痛かったよね。ゴメン、ごっちん・・・」
「別に。こんくらい慣れてるからさ。私の方こそゴメン。
 梨華ちゃんにあんなことして」
「ごっちん、やるコトがハデだからビックリするよ」
「そうかな」
「なかなか出来ないよ。あんなマネ」
吉澤は組んでいた足を投げ出した。
(それだけよっすぃ〜のコト好きなんだけどな・・・)
「私のコト、圭ちゃんちまで運んでくれたんだって?ありがとね」
「どういたしまして」

「吉澤、風邪ひいたんだって?」
見上げると保田と石川の姿。
「ひいちゃいました。バカはひかないっていうのに・・・」
照れくさそうに頭をかく。
「保田さん、色々ありがとうございました」
「このツケは高いから覚悟しときな!」
「え?そうなんですかー?」
吉澤はガッカリした顔になった。
「梨華ちゃんゴメンね。手荒なマネして」


「うぅん。私の方こそゴメンなさい」
「なんで石川が謝るのよ。あんた悪くないでしょ」
保田が口を挟む。
「そーだよ、梨華ちゃん。悪いのは私なんだから」
「いや、後藤が悪いんだよ」
「私だよ、私!」
言い争っている吉澤と後藤を見て、保田が怒鳴る。
「いい加減にしな!吉澤も後藤も悪いと言うコトで一件落着!
 おしまいおしまい。あーめんどくさ」
保田は後藤と吉澤の肩を抱くと、飯田の方に行ってしまった。

(保田さん、ホントにありがとう・・・)


「よっすぃ〜あとで、ちょっといい?あんまり時間取らせないからさ」
休憩終わり間近、後藤にそっと耳打ちされた。
「うん…」

ごねる石川を帰らせて、吉澤は後藤と一緒に2人の想い出?の公園に来ていた。

「よっすぃ〜熱あんのにゴメンね」
「平気平気。こんくらいどーってことないし」
口では言っているが、かなり吉澤は熱っぽい顔をしていた。

「…約束通り・・・別れてあげるよ、よっすぃ〜」
「へ...?」
「フってあげる。この後藤に手を上げるなんて100年早いよ。
 でも殴ったら別れるって言ったのは私の方だし。別れてあげましょう。
 ありがたいと思え!」
そう言って吉澤の頬を殴るマネをしながら後藤は笑った。
「ごっちん・・・・」
吉澤の切なそうな表情に後藤も一瞬気持ちが揺らぐが、
「もう付き合ってって言われたって、付き合ってやんないからね。
 よっすぃ〜は後悔しなさいよ」
「ごっちん・・・」
吉澤は泣きそうになっている。
(泣きたいのは私の方だよ、よっすぃ〜)
「よっすぃ〜・・・」
「なに?」


「最後にキスしてくれない?そうしたら、よっすぃ〜とはこれでお終い!」
「・・・・」

一瞬間が空いた・・・。

「あ。ウソだよウソ。冗談だよ。聞き流して。マジにならないでよ。
 じゃ、私の話はそれだけだから」
後藤は早口に言うと、立ち上がろうとした。

「…いいよ」
「え?」
そう言った時には、後藤は既に吉澤に抱き締められていた。
そして、優しくキスされた・・・。

(短い間だったけど、その腕に抱かれて・・・凄く嬉しかった。
――さよなら。よっすぃ〜・・・。ホントに好きだったよ。今でも・・・)

後藤の方からくちびるを離すと「おやすみ!」と言って後藤は駈けていった。

「ごっちん・・・。ありがと・・」
吉澤は後藤の姿が見えなくなるまで見送っていた。




−18−

そして翌日。
吉澤の熱も下がり、まだ本調子ではなかったが普通にレッスン場へ来ていた。
そして後藤も何事もなかったかのように吉澤に接して来た。

「ホレ!湿布も取れたよ。もう平気」
そう言って吉澤の手を頬に触らせる。
「ね?平気でしょ?私はもう大丈夫だから。よっすぃ〜もガンバッテ!」
「う、うん」
明るく振る舞う後藤に、ちょっぴり吉澤の心は痛むのだが、感謝するのだった。
(でもね、私は暫く一人のままでいるよ・・・)


レッスンの帰り、後藤は保田に誘われて焼き肉やへ来ていた。
「今回は圭ちゃんには、ホントお世話になったよね。ありがと〜♪」
「ホントかー?まぁ素直に受け取っとくヨ」
「後藤、圭ちゃんに惚れちゃいそーはあとはあと
「なっなに、冗談言ってんの!!」
保田はちょっと顔を赤らめる。
久しぶりに酒を飲んでいるが、そのせいではない。
「もちろん冗談だよ」
「ったく、からかうんじゃないよー」
「でも惚れ直したのはホントだよ」
「ハイハイ」
(勝手に言ってろ、後藤ー(怒))

「だって圭ちゃんも梨華ちゃんのコト好きなんでしょー?
 それなのに偉いと思って」
「・・・なにが?」
「梨華ちゃんから迫って来たのに抱かないなんて。私には出来ないもんな〜」
後藤は肉を摘みながら感心している。
「あんた達は逆にやりすぎよ!!ホントに・・・」
(いくら若いからって。…ちょっと羨ましいけど)


「ホントは圭ちゃんもしたいんでしょ?」
半分からかい気味で後藤は保田を茶化した。
「大人はガマンすると言うコトを知ってんだよ!」
「やっぱしたいんじゃん!圭ちゃん素直」
あはっと笑う後藤にムカつきながらも保田は安心していた。
(後藤ももう大丈夫だね。立ち直り早いヤツ)

「私、よっすぃ〜の次に圭ちゃん好きカモ」
「は?」
保田の箸を持っている手が一瞬止まる。
「圭ちゃんも梨華ちゃんの次に後藤のコトが好きだと嬉しいナ」
「・・・・・・・・」
保田が困惑しているので、後藤はプっと吹き出す。
「だから冗談だって。圭ちゃん騙されすぎ!」
さすがの保田もムッとしたのか
「後藤、いい加減にしないと怒るよ!」
「ごめんなさーい」
「ここの焼き肉代おごらすよ!」
「それだけはカンベン!」
(圭ちゃん・・・。ホントは冗談じゃないヨ)
後藤は必死で謝りながら(目は笑っていたが)
でも保田には本当に感謝しているのだった。




−19−

一方吉澤は、石川に呼ばれて彼女の家に来ていた。

「私も梨華ちゃんに話があったんだ。先に言ってもいいかな」
(多分、私がここに来るのは今日で最後・・・)
「…うん」
「昨日。ごっちんとも正式に別れたよ。
 ・・・でも私暫く誰とも付き合う気ないんだ。今回のコトで
 梨華ちゃんもごっちんも傷つけちゃったし。保田さんにも迷惑かけた。
 少しの間、仕事に専念したいんだ」
「私がいると邪魔なの?」
石川が哀しそうな顔をする。
「そういうんじゃなくて。私、今の関係でも充分だと思ってるんだ。
 それに…冷却期間も必要かなって思う。少なくとも私は、ちょっと自分のコト
 見つめ直す時間が欲しい。だからワガママ言ってゴメン。
 あと梨華ちゃん・・・。梨華ちゃんが別れようって言ったんだから
 すぐ撤回するようなコトしちゃダメだよ」
「だっだって・・。よっすぃ〜が大切だって気付いたんだもん。
 カッコ悪くたっていいよ。私が好きなのは、よっすぃ〜だけだもん」
「ありがとう、梨華ちゃん。でも今回は一旦別れよう?」


そう言って吉澤は石川の家のカギを取り出すとテーブルの上に置いた。
「これは返しておくよ。また必要になったら貰うから」
「よっすぃ〜・・・」
今にも泣きだしそうな石川に吉澤は慌てて付け足した。
「べっ別にもう一生会えない訳じゃないじゃん。毎日会うんだしさー。
 泣かないでよ、梨華ちゃん」

しかし石川はカギを吉澤の手に握らせると
「コレは持ってて。今回みたいに、また襲われた時は、よっすぃ〜に助けてもらわなくちゃいけないもん」
「…もぅ、襲われないと思うけど・・・」
「よっすぃ〜が襲ってくれてもいいんだヨ」
「バッバカ!人が真面目に話してるのに!」
「私だって真面目に言ってるよ?よっすぃ〜」
くちびるが触れ合うくらいまで顔を近づけてくる石川に吉澤は顔を真っ赤にさせながら、慌てて顔を背けた。
「風邪、移っちゃうからダーメ!」


頑なに拒否する吉澤に、さすがの石川も諦めたらしく
「分かった。よっすぃ〜の意思は珍しく固いみたい」

(珍しくって…一言余計だよ、梨華ちゃん)

「私は待ってるよ。よっすぃ〜のコト」
「待たなくていいよ、んなの…」
「よっすぃ〜が、もっともぉ〜っと男らしくなって戻って来るの待ってる」

―――男らしく…か。今度の新曲みたいじゃん。

「期待しないで待っとけ!」
吉澤は石川の額を軽く小突いた。
「…その時は・・・私のコト…たっぷり愛してねはあとはあと

―――たっぷりか。テレるじゃんか。
取りあえず、それまではストイックに生きるつもりだけど。

「おぅよ!男よっすぃ〜、男を磨いてくるゼ!」
吉澤はちょっとカッコつけてポーズを取った。


「じゃぁ〜、最後に誓いのキスを…」
石川はくちびるを突き出し、目を閉じる。
「なっなんの誓い???」
吉澤は素に戻り、思わず聞き返してしまう。
石川は目を開けると
「そんなの言わなくても分かってるでしょう?」
「…分かんないよ」
本気で吉澤は困惑顔だ。

「ホント、バカよっすぃ〜は治ってないんだから」
少しバカにした感じで言う石川に吉澤もやり返す。
「そんなバカに惚れた寒い女は、どこの誰だよ!」
「寒いってなによ〜〜〜ぉ!」
頬を膨らますと手をグーにして石川は怒り出す。
しかし、吉澤は急に石川を抱き寄せた。
「でも、そんな寒い女に惚れたのが、この私だヨ」
(梨華ちゃん愛してるはあとはあと。世界中の誰よりも。
 これを言うのは、もうちょっと先だけどね…)
そして吉澤は石川のくちびるに、そっと優しくくちづけるのだった。


――― END ―――



動画 アダルト動画 ライブチャット