小説『OLやぐたんにせくはらするのだぴょーん』

私の一日はいつもこの一言から始まる。

「おはよーさん」

二言目は日によって違う。

「なんや中学生が受付してるか思たわ!」

(うるせーよ、ババァ)

私、こと矢口真里はいつものように営業スマイルで目の前で同じようにニコニコしながら私をからかうオバサン・・・・・・
第13編集部編集局長中澤裕子のセクハラを乗り切るのだ。

いつものように。


世界的に有名な建築家に頼んで作られたこのビルは外見も中身も美しく、
出版社というよりはIT関連の先進的な企業のような面持ちだ。
5階までの吹き抜けを作ったエントランスには柔らかい光が満ちあふれ
止まることのない出版業界を駆け刷り回る人間を優しく出迎えてくれる。

出版業界大手 山崎出版

紙媒体に留まらず、CD、DVD、ネットを介した情報提供を武器にどんどんとシェアを拡大し、数カ月前、ビルを建て直したのだ。
その真新しい入り口を抜けると、一番最初に見えるのが受付嬢矢口真里、その人だ。
「いらっしゃいませ、どのような御用件でございましょうか?」
にこやかな笑顔。
嫌みは無く、見る者に元気を与えるようなそんな笑顔を社長がいたく気に入り受付として雇われているのである。
「おぅ、矢口。元気してっかー?」
そうやって気さくに話しかけてくる茶髪のサングラスの男。
青年向け情報誌『DIVA』の編集長 寺田尽人。
若干27歳の若さでこの山崎出版でもNO.1の実力を見せるヤリ手である。
「はい、元気ですよ。」
「いいバー見つけんや。今度、行かへんか?」
「よろこんでっ!」
寺田はヒラヒラと手を振りながら、去っていく。
彼はほとんどデスクにはいない。
彼の第7編集部には人がいないのである。
全員が外でじっくりと調査を重ね連絡は全てPDA、またはノートパソコン、携帯で行われ入稿までの全ての作業をデジタルで行っている。
この会社のスタイルを最も体現してるかもしれない。
矢口はニコニコしながら、業務に勤しむ。
「えーと、、、カードカード、、、、」
女が1人、のそのそと入って来て
ハンドバックを漁り、管理カードを探してる。
「なに、またないんですか?」
「いや、きっとあるべさ・・・・・・うーんと」
第13編集部局員安倍なつみ。
中澤裕子の部下なのだが、必ずといっていいほど遅刻をし、このカードを探すのにも一苦労。
仕事はできないし、会社にとっては不必要だが中澤が気に入ってるらしく会社にはごまかし通してる。
「あった!」
「はいはい、そこに通して」
矢口はやぼったそうに指示する。
もう何年も前から管理カードを使って入退社の管理をしてるのにこの安倍なつみは今でも時折、エラーを起こす。
今日はうまくいったようでまるでクリスマスの前の子供のような顔をしてスキップをして、エレベーターに乗り込んだ。
「はぁ・・・・・・」
小さくため息。
山崎出版の受付口の二畳半。
そこが、矢口真里の居場所。


第13編集部は4階の一番奥。
ガヤガヤとうるさいが仕事をしてる様子もない。
CDの音。
テレビの音。
しゃべる音。
お菓子を食べる音。
様々な音が、そこから聞こえるべきペンの走る音などを奪っている。
中澤はタバコに火をつけながら窓の外を見る。
「天気えーなぁ」

 コトッ

自分のデスクに置かれるコーヒーカップ。
「ほんと、鳥さんが楽しそうに飛んでますねっ」
雑用係石川梨華。
お盆を抱えて、何も悪びれる様子もなく、そう言い放つ。
(鳥さんって・・・・・・)
つっこむ気力も無く、中澤が黙ってると石川は寂しそうに頭を垂れ他のメンバーにコーヒーをいれ始めた。
「ちょっと石川ぁ!コーヒーぬるいわよ!!」
中澤の一番近くに座ってるのは、保田圭。
走ってくる石川を眼鏡の奥深くの目で睨み付ける。
「入れ直しなさいよ」
「は、、はいっ」
すっかり怯えてしまって、コーヒーカップを受け取る手はガタガタと震えていた。
「ったく、コーヒー一つも入れれないのっ?」
誰に言うでもなく、それでいてはっきりと他人に聞こえるようにつぶやきながら、目の前のパソコンに目を戻す。
画面には仕事のものっぽい文字の羅列とチャットの画面・・・・・・


その反対側に座るのが、飯田圭織。
どこか彼方を見て、今日も交信中である。
「圭織」
中澤が声をかける。
「え?なに??」
「仕事してーや」
「あ、うん。新しいキャラのデザイン考えてたの」
そう言って、ペンを握りなおしたが
しばらくすると、またボーーーっとし始める。
この交信が終わって、実際に作業が始まればそれなりに仕事ができるから、まだいい。
飯田と同期で、その横に座る安倍なつみは質が悪い。
飴を舐めながら、ヘッドフォンでなにかの曲を聴いてる。
机の上には何も無い。
その代わりと言ってはなんだが机の下はお菓子で満杯になっている。
彼女は毎日のように遅刻をし、ずーっとちりぽりお菓子を食べ、家に帰るのだ。
仕事をさせれば、幼稚な文を書き、写植を貼り間違えたり、別な写真を指定したりとキリがない。
中澤の悩みのタネだが、どこかほっとけなくて会社に実情は話してなかった。


その反対、後藤真希も似たようなもので、机の上に堂々と枕を置いて、眠ってる。
この社内の他の部署の人間に限らず内外の男に好かれ、夜は遊び歩く毎日。
なので、昼間は寝ている。
安倍のように遅刻はしないが、ここまで大胆に寝られるというのもまた困ったものである。
しかも、彼女の机には化粧品やらパンフレット、パーティー券、櫛、様々な物が散らばっている。
こないだ後藤がいない時にチラッと覗いたらコンドームとピルが無造作に置かれてた。
さすがの中澤もそれだけは見逃せず、後藤を別室に呼んで、注意した。
机の汚さと言えば、その隣の吉澤ひとみも相当なものである。
彼女の場合は汚いのではない。
けっして乱雑ではないのだがこの部屋において、その机は一見異常でさえある。
まず、テレビ。
15型だが、机に備え付けてる。
その下には2台のビデオ。
その横には高く積まれた格闘技の雑誌。
プロレス、K-1、パンクラス、シュート、ボクシング、相撲・・・・・・
種類は問わず、戦う者に憧れを抱き四六時中、自分の席で延々と見続けるのである。
彼女の後ろには専用の棚があって、古今東西の格闘系ビデオが揃っているのだ。
試合があれば、終業前だろうが構わず帰るし取材と称して、女性格闘家と知り合ったりしてる。


吉澤の隣の石川の席も相当すごい。
ピンク。
椅子も机もそこに転がる全ての物がピンク。
たぶん、身につけてる下着もピンクなのだろう。
ちょっと狂ってるぐらいピンクで満たされた世界。
反対側が最年少の辻希美と加護亜依の席。
こちらもいつものように仕事なんかする様子もなくお気に入りのブランドの話をしてる。
机の上は辻の方が汚い。
さっき食べてたメロンパンの袋はそのまんま出しっぱなしだ。
それを加護が見つけ、自分のゴミ箱に捨てる。
この2人はいつも一緒だが、どこか互いに補完しあって生きてるっぽい。
プライベートでもよく一緒にいるらしい。
と、これが第13編集部の内情である。
ここでは、女性向けの雑誌を作ってるはずだった。
ただこの状況のため、なかなか制作は進まない。


問いつめられるのは、中澤だ。
山崎出版の編集部のトップが全員揃う部局会議で今日も問われる。
「どうなってるんだ?」
「今、今後の展開に関するプランを作ってる最中です」
「いいよ、いいよ」
「どうせ第13編集部だし」
「分かってるんでしょ、あなたも?」
「あそこは、掃き溜めなんだよ」


侮辱。

屈辱。


そんな時、中澤は会社を出て近くの公園で缶コーヒーを飲みながら一服する。
その前に、会社の入り口を通る。
そこには、矢口真里がいる。
中澤はこの子をからかうのが大好きだった。
ちっちゃくて、だけど、はっきりと意思を示すその目が好きで。
「あんま座ってると、痔になるで」
「お気づかいありがとうございます」
ツンっとしたよな顔。
たまらなくそそられる。
笑いかけ、手を振ると営業スマイルで頭を下げられた。

いつもと同じように。


タバコの煙が空に吸い込まれる。
高くなっていく空が恨めしい。
大きなため息一つ。
そこからは何も生まれない。
公園も人はまばらで
先の見えない雑誌創刊のネタになりそうなものもない。
他のベンチも開いてるのに誰かが相席してきた。
中澤は隣を見る。
「どしたの、裕ちゃん?」
「なっちか」
安倍は膝の上でお弁当を広げる。
「もう昼休みかいな?」
「そうだよ。裕ちゃん、ここにいるんだと思って、出てきたんだ。」
そう言って、安倍は満面の笑みを浮かべた。
中澤も釣られるように笑う。
「おいしそうやね」
「食べる?」
「ちょうだい」
口を開けると、卵焼きを一つ、放り込まれる。
ちょうどいい甘さ。
「あれ?あんた好きなの、もうちょい甘いやん」
「いいの」
何も知らずといった表情でご飯を食べ続ける。
中澤は周囲を見た。
そして、安倍の耳にそっとささやく。
「キスせーへんか?」
安倍も周りを一瞥してから、うなづく。
ベンチの上に押し倒す。
人目につかない木陰のベンチ。
誰にも内緒。
昼間の情事。


その少し前の事。
「昼、行かない?」
寺田が矢口を誘っていた。
「もうちょっとで交代なんで。」
「そっか、そこの喫茶店で待ってるわ」
「はい」
会議用に着てたのであろうスーツもラフに着崩してその後ろ姿はかっこいい。
社内の女子社員のあこがれの的。
矢口も彼のファンである。
(よっしゃぁ)
心の中で叫び、顔はいつもの20%アップで笑っていた。


昼は、彼のオゴリでイタリアンレストラン。
うわさ通りにかっこよくて、上品で。
だけど、時折見せる少年のような顔に矢口は魅せられる。
業務が始まるのが、ものすごくいやだった。
別にあそこにいても、いい事はなにもないが。
会社のドアの前で中澤と安倍とかち合わせた。
部局長同士なのだから、顔も知ってるのであろう寺田と中澤は会釈する。
「ん?あら、矢口さんやないの。おじちゃんにおごってもらったんでちゅか?」
「誰がおじちゃんやねん。」
「あんたや、寺田」
安倍は心配そうに2人を見てる。
「そんなん言うたら、お前、おばさんやないか」
「誰がおばさんか!!」
「お前や、中澤っ」
寺田が関西出身だというのは知っていた。
だが、2人がここまでの知り合いだとは知らなかった。
「ちょっと、やめてくださいよ。会社の前ですよ」
「ごめんね、矢口さん。こいつと一緒だとキャラが変わっちゃうよ。」
と、寺田が乾いた笑いを見せると
「ハッ!なに言うてんねん。私と一緒の方が本性やないか」
勝ち誇ったような中澤。
矢口はいたたまれなくなって、声をあげる。
「寺田さんのこと、悪く言わないで!」
彼の手を引き、一歩先に会社の中へ入る。
安倍が中澤の袖を引っ張った。
「裕ちゃん・・・・・・」
「ん・・・・だいじょぶ。はぁー、寺田をからかうとおもしろいわぁ」
猫のようにうーんと身体を伸ばしながら、会社に戻る中澤。
安倍もそれに追随する。


いつもと同じ。
誰1人として仕事していない部屋の中、吉澤なんか新日プロレスのタイトルマッチがあるだかでもう帰る準備を始めてる。
石川がポーチを手に席を立ち、部屋を出た。
中澤はそれを見て、後を追う。
廊下で追い付き、指を絡ませる。
恥ずかしそうにうつむく石川。
女子トイレ。
2人で一つの個室に入る。
「おいで」
洋式の蓋を下ろしたままの便座に中澤が腰掛け、招く。
彼女に包み込まれるように石川は抱き締められる。
色鮮やかに彩られた中澤の指が胸のボタンを外す。
そして、ゆっくりとその形のよい胸を下着の上からもみしだく。
「仕事中にして欲しくなるなんてHやなぁ、石川」
「や・・・・・・」
「みんな、もう気付いてるで。」
「ん・・・ふぅ・・・・・・」
耳に息をかけるように小声で囁く。
「石川がこんなにスケベやて・・・・・・」
下着の中に手を入れ、膨らんだ乳首を摘まみ上げる。
ピクッと身体を震わせ、反応した石川。
「弱いねんな、乳首」
中澤の爪が少し強めにくい込む
「んぅうっ」
「声・・・出したらあかんで」
「は・・・・いっ」
「欲しい?」
「やぁ・・・・」
「出しな」
石川はそれまでギュッと握っていたポーチを開く。
中から出てきたのはナプキンではなくバイブレーター。
小型の物で音は非常に小さい。
スイッチを入れると、陰媚に震えだし石川の顔はそれだけでさらに赤く上気する。
「そんな顔して、Hやなぁ」
「中澤さんのせいです・・・・・・」
「フフッ・・・いやか?」
石川は強く首を振った。




-数カ月前-

「石川梨華です、よろしくお願いします」
めずらしく入社と同時に第13編集部に配属された彼女。
まだまだ初々しく、それが中澤の心を捕らえた。
他の仕事はさせないで、給湯室でうまいお茶とコーヒーの入れ方をずーーーっとやらせた。
時折行っては、キスをしたり、言葉でいじめたり身体に触れ、少しずつ慣らした。
その間にどうしても合わなくて会社をやめるものも入れば、睨み付ける者もいる。
石川はその性格からか甘んじて中澤のセクハラを受け続けた。


トイレに誰か入ってくる。
「さぁ、言うてみ」
中澤の肩に大きく預けられた身体。
潤んだ瞳。
大きく開かれた足の間からはまだ触ってもいないのに赤く潤い、濡れそぼっていた。
「石川梨華にバイブをください・・・・・・」
隣の個室に人が入る。
石川の秘肉を押し分け、バイブが入り込む。
唇を噛み、声を押し殺す。
陰唇をに触れた指と指の間にはネットリと糸が引く。
自らの口に指を近付け味わうように一本ずつ石川の耳もとでしゃぶる。
その度に吐息を漏す。
ゆっくりと出入りするバイブ。
石川の身体を通じて、中澤もその振動を感じる。
心地良いバイブレーション。
隣の個室から人がいなくなった。




上機嫌の中澤はハンドバックを振り回しながらエントランスに現れる。
石川の肢体を楽しんだ後、眠ってる後藤の唇を十分に堪能し、逃げまどう辻、加護を捕まえ、抱き締め十二分にスキンシップした。
「待った?」
同期の平家みちよが灰皿の近くでタバコを吸ってるのを見つけ、駆け寄っていく。
「なんや、姉さん、めっちゃ機嫌よさそやな」
「分かる?」
「あぁ、分かった。またやったな」
「やったってなんやねん。スキンシップやがな」
「はいはい」
受付でカードをリーダーに入れる。
矢口が冷たい目で睨み付けていた。
「よ、矢口さん。」
「どうも」
「なんやねん、そんな怖い顔してー。
 かわいいんやから、ほら、笑ってみ」
中澤の手が矢口の頬に触れる。
その手をやんわりとどかしながら極上の営業スマイル。
「これでよろしいでしょうか?」
「うーん、なんか御人形さんみたいやなぁ。
 ほら、ニカーッて笑ってみ?」
笑顔を崩さない矢口。
中澤はそれでも嬉しそうだ。
「やぁーん、そんな矢口さんも好きやでー。じゃぁねぇーー!」
平家はごめんなぁ、というアクションを見せいつまでも手を振ってる中澤を引っ張っていった。
(超ウゼェ)
見えなくなる直前にアッカンベーする矢口。


そして、中澤と平家はいつものように居酒屋へ。
「姉さん、受付の子気に入ったんか?」
「そやねーん、なんか可愛いやろぉ」
「分からん・・・・・・私には分からん」
「そんなん言わんといてーなぁ」
「大体、なんや、両刀なん?」
「きゃぁあーー、両刀やて!
 みっちゃんのH!!」
「あかん・・・・・・この人、完全に酔ってるわ」
「お嬢ちゃん、こっち来!ビールとえだ豆とかわいい女の子頂戴っ!」

序章 終了




第一章 Let's try 雑誌創刊。

「・・・・・・」
「ふぁ」
第13編集部局員 後藤真希。
会社の内外を問わず、彼女を知る者は皆、彼女とデートしたいと願うらしい。
この目の前の大きなアクビをして喉の奥まで見えてる女と。
「おぉ、ごっちんー、元気か?」
「あー、裕ちゃん・・・・・・」
(朝からなんでそんなに元気なんだよ)
矢口の方はゲンナリだ。
「矢口ちゃん、ちゅー」
投げキッス
「なんの悪ふざけなんですか・・・・・・?」
「悪ふざけっ!?」
予想してたのより、かなり派手にリアクションされた。
しかも、その表情は愕然としてる。
という事はだ、悪ふざけではなかったという事か?
「なに、ちょー、悪ふざけやと思ったん?」
「思いますよ、私、女の子だし」
「いや、そんな細かい事気にせんでええて」
「裕ちゃーん、早く行かないと遅刻だよぉ」
眠た気な後藤に袖を引っ張られ
これ以上、矢口と一緒にいるのを諦めた。
「そやな・・・・・・じゃなー、矢口ちゃん」
(いつ、ちゃん付けで呼んでいいって言ったんだよ、このババァ)
矢口のムカつきはMAX。


「梨華ちゃぁーん、水ぅ・・・・・・」
「はーい」
後藤に言われ、石川が走ってく。
隣でテコンドーの全日本選手権をチェックしてた吉澤も具合の悪そうな後藤を見てた。
「うぅ・・・・・・」
空いてるスペースでなにやら踊ってた辻、加護は保田に睨まれ、やめてしまった。
「昨日は何時だったのさー?」
目の前の安倍もお菓子の袋の向こうから覗き込む。
「えー・・・・・・わかんない、朝方・・・・・・」
そう言って、石川が持ってきた水を飲むと持参の枕に顔を埋めた。

  ガタッ

保田が席を立ち、『取材に行ってきます』と極めて小声で言い、扉を荒々しく閉めていった。
「なに、カリカリしてるんすかね?」
石川に相手役を勤めさせ、自らはオープンフィンガーグローブまでつけた吉澤。
「さぁねー?」
めずらしく交信してない飯田が首をかしげた。
「中澤さんはどう思いますか?」
部屋の中に不気味なスパーンっという心地良い音が何発も何発も聞こえる。
「痛っ!痛いよ、よっすぃー!!」
「私は、なんであんたが、今、組手をしてるかの方が謎やわ」
「?」
「よ、よっすぃー、前見るべさ!!!」
安倍の言葉はすでに時遅し。
吉澤のネリチャギ・・・かかと落としは石川の頭頂部に炸裂した。
「ひぃいいいい!!」
「梨華ちゃんが泡吹いて倒れたのれすっ!!」

合掌

「・・・・・・どうなるですかー?」
最後の力を振り絞って、石川が力つきた。
いや、死なないけど。




保田圭は自販機の前に立ちサイフを忘れてきた事に気づく。
(ついてないわねっ!)
そこら辺の椅子にドカッと腰掛けイライラを静める。
(私は物を書くためにこの会社に来た。
最初は他の部署でたらい回しにされて、それでもいつか望みの部署に行けるからってがんばったのに、
結局行き着いたのは第13編集部・・・・・・やる気なんて起きないわよ)
足下に転がる缶コーヒーの空缶。
拾って、狙いを定める。
空しい音。
はずれたみたいだ。
(私もはずれだったりして)
大きくため息。
顔をあげると、そこを寺田が走っていく。
(寺田尽人!?)


保田の尊敬するマスメデイアの担い手の1人である。
思わず立ち上がり、叫んでいた。
「寺田さんっ!!」
「お、なんや・・・・・・えーっと君はぁ
 13部の保田さん!」
「はいっ!」
バイト時代に鍛え上げた笑顔。
「どうかしたん?」
「あの、私、本格的なライターの仕事がしたいんです!
 寺田さんの力でDIVAに引っ張ってもらえませんか?」
「そやなぁ・・・・・・」
「お願いします」
頭を下げた保田には、寺田がにやりと笑ったのは見えない。
寺田はまるで悪知恵働かさせる小学生のような笑顔だ。
「今、13部が出そうとしてる雑誌あるやろ?」
「・・・・・・」
「出せたら、考えるわ」
「出せ・・・・・・たら?」
「そや」
「いいんですね?」
「おぅ。優秀なライターならなんぼいてもかまへんからな
 じゃ、ちょっと急いでるから行くわ」
走り去る男
残された女。
心がときめく理由は2人それぞれだが
ただでは終わらない、そんな様子になってきた・・・・・・


寺田がその足で向かったのは、矢口の所。
「真里ちゃん」
「て、寺田さんっ!」
エントランスにいた女子社員の目が痛い。
「晩御飯、どう?」
「ぜひっ・・・・・・」
「ダメだったかな?」
「いや・・・・・・」
寺田は真里の遠慮がちな態度とその視線に気づき、周りを見た。
立ち止まってた他の連中は一斉に散る。
「大丈夫・・・・・・俺がいるから」
そんなクサイ台詞を吐いて、颯爽と出ていく寺田。
しかも、矢口の前に名刺を置いていっていた。
矢口はそれを手に取り、しげしげと眺める。
なんの変哲もない名刺のように見えたが裏返して、驚いた。
電話番号とメールアドレス。
そして、今夜の待ち合わせ場所。
にくいというか、ここまで行くとちょっとおかしい・・・・・・
だが、恋する乙女矢口真里にはそんな事知ったこっちゃない。
全女子社員の、否、日本在住のDIVA読者の女の子を差し置いて自分が誘われたのである。
思いっきり浮かれるのであった。
(今日、なに着てこう!?)


その頃、第13編集部では。
「ちゅー」
「ちゅぅー」
中澤は膝に加護を乗せ、口づけしようとしてた。
セクハラというか、ただのレズなような気がしないでもないがキスしたまま、机の上に身体を置いてそのまま覆いかぶさる。
「裕ちゃぁーん」
「誰か入ってきたらどーすんのさー?」
飯田と安倍がつっこんだ瞬間に、ドアが開く。
(やべぇ)
中澤の頭の奥でそんな事が浮かぶが、そこに立ってる人間を見て安心した。
「なんや、圭坊か」
「ちょっと裕ちゃん!雑誌を作るのはどうなってるのよ!!」
「あぁ・・・・・・それはな・・・・・・」
「言い訳なんてどうでもいいの!」
「・・・・・・」
保田がキレてる。
(なにがあったんや?)
まったく見当もつかず、
皆、困っていた。


「この状況だからなぁ・・・・・・」
自分の下にいる加護を見る。
加護は上目遣いに保田を見る。
保田のこめかみは今にも切れそうだ。
「保田大明神なのれす」
「や、保田さん、お茶でも飲んで落ち着いてくださいー」
「うるさいわね!」
「キャァッ!」
石川が差し出したお茶を払う手。
陶器の割れる高い音と水の弾ける音。
「私は書く仕事がしたくて、ここに来たの!
 なのに、本も作れないでただあそこに座ってるだけ!!
 もう、いやなのよ!!」
「圭坊・・・・・・」
中澤の目の色が変わった。
いつもの笑みはない。
真剣な、刺すような視線。
「ホンマやな?」
「当たり前でしょ!!」
「どや、みんな?やる気はあるか?」
「圭織、イラスト描くよ!」
「格闘技ネタはOKっすか!?」
「お菓子書く!」
「とれんどのせんたんはふぁっしょんなのれす!」
後藤はいつも通り、睡眠中。
最後に安倍を見る。
ゆっくりと優しく笑いながら、うなづいた。
「いっちょやったるかっ!」
「「「おぅ!」」」


夕日は沈み、空は紅から濃紫へとその姿を変えようとしていた。
矢口真里は走っていた。
寺田との約束の時間。
幸い家に帰って服を着替えるような時間が空いてたのだが、その服選びに時間がかかった。
名刺の裏に一言、『あんま気取らないカジュアルでええよ』って
書いてはあったけど、ジーンズってわけにはいかないし、ちょっとでも大人に見せたくて黒のレザースカートに白いブラウス
それに、ジャケットを羽織り出て来たのである。
待ち合わせ場所は駅からはちょっと遠くて走るはめになった。
(ごめんなさぁいぃーー)
寺田らしき人陰を見つける。
まっすぐにそこへ走ってく。
(!?)

  ズデン

本当に目の前だったのに。
転んだ。
「真里、、ちゃん?」
「はい・・・・・・」
「大丈夫?」
「大丈夫です」
幸い、服は汚れなかった。
なにもなかったように立ち上がり寺田に笑いかけると
彼も笑い返してくれた。
「じゃぁ、行こうか」
「はいっ」
紫の時は過ぎ、街灯はその光を灯し少しずつ夜へと近付いていく。
横浜の実家と家を往復するだけの毎日。
たまに告白されたりしたりで付き合ってもなんか空回り。
会社に入って、あまりいい事もなくただあの受付口に座って来る人に愛想笑いを浮かべるだけ。
そんな日々だったけど、あこがれの人寺田尽人に選ばれて横に立ってる。
嬉しくて、顔がニヤけてた。
「ここなんだけど」
オフィス街を抜け、少し小道に入ったところにこじんまりと立たずむカフェスタイルのバー。
「素敵ですねっ」
矢口は少々上目づかいに彼を見た・・・・・・


そのバーから300メートルほど奥に行った所にある人情居酒屋なぞという名の飲み屋には第13編集部の面々と平家がいた。
「ではっ!本格的雑誌創刊の船出にかんぷぁあああああい!」
中澤の音頭で、冷たく冷えたビールを一口。
「ぷはぁああ!」
ドンッとジョッキを置いたと思ったら
早速隣に座ってた安倍にちょっかいをかける
「なーっち」
「なんだべさ、裕ちゃん」
「裕ちゃん、キスしたいねーん」
「ちょ、、、なに、もう酔ってるの?」
「なっち、気つけやー。」
平家の助言もむなしく唇を奪われる。
「ん・・・・・・」
「ふぅ・・・・・・」
ズズッという唾をすする音まで聞こえてくる。
長い長いキス。
席の端の方にいる辻、加護、石川は食い入るように見ていた。
やっと離したと思ったら、中澤はジョッキを握りしめそこへと向かっていく。
「なんやなんや、そんなに裕ちゃんとキスしたいか?」
「え・・・・・・」
「うぁ・・・・・・」
「どっちからしたろかな?」
辻、加護の間に座って、交互に顔を見る。
戦々恐々としたその表情がなお愛しくなって思わず柔らかそうな辻の頬を押さえた。
「ひぃっ」
「なんやのーそんな顔してぇ、怖いことはあらへんよー」
「裕ちゃんが怖いんだよね」
飯田の一言は耳には届かなかったらしく全員がその意見にうなづく中辻を押し倒す。


「あ、、やぁ、、、」
「ふふっ、、、かわいい」

  チュ・・・・・・

軽くついばむようなキス
頬に触れていた手はさらりと前髪を撫でる。
赤く上気する顔。
再び唇を重ね、今度は味わうように柔らかく蠢いていく。
息苦しさと引き換えに触れられた心地良さが辻の頭を撹乱し、その目はトロンとなっていく。
中澤のキスはうまい。
年の功、回数、そういうものは差し置いてとにかく余計な物を考えれなくしてしまうのだ。
「やぁーん、かわいいっ、辻ぃ」
「な、中澤さんっ!私はどうなんですか?」
石川が自分の事を指差し、主張する。
「お茶汲みがなに言うてんねん」
冷たく返すとうつむいて、目の前にあったカクテルを飲み干した。
「大丈夫、梨華ちゃん、僕が守ってあげる」
石川の手を取り、語る吉澤。
しまいには、抱き締め合い、こんな事まで。
「よっすぃー!」
「梨華ちゃん!」
「はいはい、お暑いお暑い」
そんな2人を適当にあしらって中澤は後藤の元へと行く。


「ごっちん、飲んでるかぁー?」
「うん、飲んでるよぉ」
この時間になると、仕事の時間よりまともにしゃべれる後藤。
だから、時折、こうやって飲みにつれてきては仕事の話をするのだ。
本日も雑誌の展開について説明するためにも
この人だけは絶対連れてこなければならなかった。
「で、かくかくしかじかというわけやねん」
「ふーん。おもしろそうだね」
「でな、ごっちんにも記事を書いてもらわなあかんねん」
「雑誌なんだからさぁ、特集とか必要だよねー」
「そやな、ごっちんいい事言った。特集記事は必要や」
さっきのおふざけモードは一転、仕事の話になり、辻、加護以外は軽く談笑しながらそこの会話に耳を傾ける。
「私、ちょっと帰るわ」
そんな時。
保田が立ち上がる。
「帰るんか?」
「うん」
「そか・・・・」
「じゃぁ、また明日」
軽くビール一杯。
足下もしっかりしてる。
「なんなんすか、あれ?」
吉澤の言葉に悪意はないが確かにそうだ。
「なんやろなぁ、圭坊はやっぱ苦手なんかなぁ、こういうの?」
「いや、あんたの所の局員やで、姐さん」
平家に言われ、中澤は首をひねる。
入ってきた時から独特の人を寄せつけないようなオーラがある。
確かに、第13編集部。
あの会社の掃き溜めのような言われ方をしているし、本を作るという事に対してあまり意欲的ではないような所もこれまではあった。
そんな部分が保田には耐えれなかったのかもしれない。
「ま、そんな子やねん、あの子はっ!」
何かを断ち切るように、中澤の声は自然と大きくなっていた。
「店員さん、ビール追加!!」
「私、豚串!」
「肉じゃがっておいしいれすか?」
「フローズンピーチください」
「梨華ちゃん、ピンクだけど結構来るよ、カクテルは・・・・・・」




「顔、ニヤけてんでー」
ハッとして、顔を上げると
目の前には中澤裕子。
「おはようございます」
極事務的な口調で返す。
「昨日、寺田に誘われたんやて?」
「関係ないですよ、中澤さんには」
「矢口ちゃーん、ほっぺた赤くしてなーに言うてるのー、エッチやなぁ」
言われて、なお恥ずかしくなってしまう。
思い出したくないが、頭の中はそれしかない・・・・・・

昨夜の事
大した飲んだ覚えはないのだが矢口は酔ってしまっていた。
「大丈夫?」
寺田に身体を預けながら、フラフラと歩く。
「大丈夫ですよぉ」
「大丈夫じゃないって」
「分かりましたっ!」
矢口が急に離れたと思ったらニコニコと嬉しそうに笑いながら、あらぬ方向を指差した。
「ホテルで休んでいきましょ!」
・・・・・・ラブホ

目を覚ました時には1人でベッドに寝てて、枕元にはメモ。
『会社、遅れたらダメだよ』


(あー、寺田さんと顔合わせたら、なんて言おう!
 絶対ヤバい女だと思われてるよー)
「おはよ」
「おわぁああ!!えと・・・・・・あの」
「昼、いい?」
「え?」
「もう誰かと約束した?」
「いや・・・・・・」
「用事?」
「いや・・・・・・」
寺田は今まで見たこともないような笑みを見せ顔をスッと近付けてきた
矢口は自然と固まり、彼のなすがままになる。
「かわいかったで、昨日」
甘い息。
「じゃ、迎えに来るわ」
動けない。
何も目に入らない。
何も聞こえない。
ただ驚きと喜びだけが彼女の時を止めた。

矢口真里はトイレの個室で頭を捻る。
(寺田さんは許してくれたのかなぁ・・・・・・
 いや、許すって・・・・・・
 ちゃんと服着てたもんなぁ、私・・・・・・
 ベッドに毛もなかったし、シャワーも浴びた後なし。)
悶々とする。
(私、酔って、脱いだりしてないよねぇ?
 っていうか、告白してたりしてないよね?
 マジやだよーそんなのぉーーー)
グルグルと頭の中をいやぁーな事ばかりが駆け巡る。
でも、ちょっと期待してる自分がいる。
(・・・・・・寺田さんだったら、どうやって触ってくれるんだろ)


スカート。
背が低いから、規定よりちょっと短かめにしてある。
少したくし上げると、豹柄のヒモパンが。
昨日、思いっきり勝負パンツで来てしまった。
そのまま会社に来たので、エグい・・・・・・
スルリと脱ぎ、膝の辺りまで下ろしてまた座り直す。
興奮していた。
指で触れる。
誰もいないトイレだと少しの音が大きく聞こえる。
「・・・・・・」
火照っているのは、十分分かった。
見ないでも、きっとそこは鮮やかな赤を放っていることだろう。
声を押し殺し、茂みをかき分け陰唇の先端を弄る。
熱を持ち、次第に形を現す敏感な部分を意図的に撫でるだけで背中がビクッと反る。
「いっ・・・・・・はぁ・・・・・・」
次第に荒くなる息。
卑猥な妄想。
全裸の自分がベッドに寝そべり、隣には寺田。
優しく胸を撫でられ矢口の鼓動は早くなる。

  ガタッ!

無意識にドアを蹴り急に空しくなった。
(なにやってんだろ、オイラ・・・・・・)
勢いで開けた胸元を閉じ、溢れ出た汁を拭いトイレに捨てる。
空虚な感じ。
あんな自分に嫌気が差して力まかせに蓋を閉めトイレから出ていくのであった。


辻と加護がただならぬ顔で中澤の前に立っていた。
当の中澤はなにやら書類に目を通している。
そう、記事である。
編集部らしい場面だが・・・・・・
「ど、どうれすか?」
「どうもこうも、お前等、誤字脱字多すぎの前に漢字で書けや、コラァッ!」
「ひぃいっ!!」
中澤の剣幕に5歩下がる2人。
「内容も文章もまだまだ甘いわ!!書き直せ!!」
書類を叩き付けると、2人は慌ててそれを拾い集め、一目散に席に帰っていった。
「裕ちゃん、私も書いたよー」
次に持ってきたのは、安倍。
よほど自信があるのか笑顔だ。
なっち、天使。


「・・・・・・」
「どう?」
「いや、ダイエットやけどな・・・・・・」
「?」
「最終的にどうすればいいかのとこやねん」
「うん?」
「がんばるて・・・・・・」
「え、だって、がんばらなきゃ」
「内容も新鮮味にかけるし、書き直してこーいっ!」
中澤は部屋の中を見回してみた。
飯田、普通にイラストを描いている。
保田、目が血走ってる。怖い。
後藤、ペンを持ったまま、寝てるようだ。
吉澤、何やら機材をいじってる。ビデオの編集か?
安倍、辻、加護、お菓子を食べてる。
「なっちぃ!!」
「へ?」
「先輩なんやから、率先して、記事書けーーー!!」
「・・・・・・」
(ハッ!!あかん、なっちが泣く!!?)
「安倍さん、これでも飲んで元気つけてくださいねっ!」
石川が出したのは、なにやら苺ミルクっぽい液体。
安倍は臆する事なく口に運ぶ。



「ブハァアアッッ!!」
「キャァア!」
「おわぁああ!!」
「汚いのれす!」
「石川ぁ!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ!」
部屋の片隅で縮こまり、ガタガタと震えてる。
中澤が近付いてくるのを感じさらにビクつく。
「なぁ、石川」
「はいぃ」
「あれ、なに入ってたん?」
「スッポンエキスとか朝鮮人参とか牛の髄とか・・・・・・」
「髄はまずいだろうが、髄は!!」
今日もうるさい第13編集部。


ちょっと洒落たカフェの一角に寺田の姿。
ノートパソコンで送られてきた最新の記事に目を通す。
その隣でカプチーノを飲むのは、彼が最も腕を認めてる第7編集部のホープ 松浦亜弥。
涼し気な切れ長だがパッチリした目が印象的だ。
「今、第13編集部の保田ってやつがうちに入れてくれ言うてんねん」
「へぇ」
「知ってるやろ、お前なら?」
「まぁ、そこそこは」
「どやねん?」
「文章書く力だけならあるんじゃないですか?
 人付き合いはヘタみたいですけど」
「そうか」
「第13編集部ですよ?」
「そやけどな・・・・・・」
寺田が言葉を濁す。
松浦にはその理由すら分からない。
あそこは仕事ができない人間の巣窟。
誰もが知ってる事実。
それを、山崎出版でもっとも力のある男が言葉を濁したのである。
「なにか、あるんですか?」
「まぁ・・・・・・な」
「それは、中澤裕子と顔見知りなのと・・・・・・」
サングラスの奥の寺田の目が普段と様子が違う事に気づき松浦は口をつぐむ。
「甘く見てたらあかんで、あいつを」
そう一言つぶやくと、寺田はジャケットを羽織り金を置いて、先に出ていってしまった。
解せない。
なぜ、第13編集部にそんな事を言わせる理由があるのか。


ため息。
それも、部屋全体に聞こえるような大きなため息。
「裕ちゃん?」
安倍がそのため息の主人を心配し、顔を覗き込む。
浮かない顔の中澤。
「どうしたんれすかね?」
「アレやで、きっと」
辻、加護も何事かとこっちを見てる。
「アレちゃうちゅーねん。
 広告取りに行くの忘れてたわ」
「え!広告って会社で紹介してもらえるんじゃないんすか!?」
「あかんわ。いい会社はやっぱネームバリューのあるライター、編集長に付きたがるやろ・・・・・・」
「ちょっと、広告付かないってどういう事よ!
 最悪、発行出来ないんじゃないのっ!!?」
保田が声を荒げる。
身体もブルブルと震えてる。
中澤も次の言葉が出てこなくて部屋はシーンとしていた。
そんな時、後藤の携帯電話が鳴る。
「後藤!寝てんじゃないわよ!!」
保田に叩き起こされた後藤はよだれを拭きながら、電話に出た。
「あい・・・・あー、社長さん?
 んー・・いいよぉ、・・・・うんうん
 おやすみー」

  プツッ

電話を枕元に起き、またmy枕に顔をうずめた・・・・・・
「ごとーちゃぁーん」
中澤の猫撫で声
絶対、なにかある
「なにー?」
「社長さんて誰かなぁー?」
「知り合いのショップの社長さんだよ」
「それだっ!」
一体、何を思い付いたのやら?


夜の街。
バッチリ決めた第13編集部の面々
待ち合わせ場所、原宿
待ち合わせの時間、6:00集合。
「・・・・・・遅いわね」
現在、6:30。
「忙しー人だからねー」
後藤はヒマそうな辻、加護と遊ぶ。
「ねぇ、あの走ってる人、そうじゃない?」
飯田が化粧直し余念のない中澤の裾を引っ張る。
(ほんま若くて、かっこいい男やったらどないしよ!
 裕ちゃん、萌え萌え〜やでーー)
「やっほー」
後藤が声をかける。
(来た来た来たぁ!)
「後藤ちゃん待ったやろー?ごめんなぁ」
(・・・・・・チッ)
そこに立っていたのは女で、しかも、カーリーヘアのやたらR&Bっぽいダンサー系の衣装を来ていた。
彼女こと、稲葉さんは実は10、20代の女性に人気のファッションショップを
都内に何件も構えると同時にクラブ経営なども手掛けるやり手社長だったりするのであるっ!
「で、突然ついてきたうちの会社のメンバーです」
そんな稲葉の目が中澤で止まる。
「?」
「あんた・・・・・・関西人やろ」
「へ?なんで分かったんですか?」
「匂いや、、、たこ焼きの匂いがすんねん」
あっさり意気投合。
そうして、2人&その他大勢は夜の街へ消えていった。


・・・・・・もう次の日になって、3時間は過ぎた頃安倍と平家に支えられ、中澤は御帰宅。
「ここでいいですよ」
玄関先。
先に靴を脱いだ安倍は平家にそう言う。
「ほんまかー、私、明日早いから
 お言葉に甘えて、先に失礼させてもらうわ、、」
バタンッと音がして、玄関が闇に包まれる。
スイッチの場所。
分かってる。
「ん、、、」
中澤が少し眩しがり、声を上げた。
「大丈夫?」
「なっつぁーん、、、水」
「はいはい」
キッチンで水を注いでると
自力で部屋の中に入ってくる中澤。
ソファに身体を預ける。
グラスを手渡すと、喉を鳴らしながら飲み干しガラスのテーブルにそれを置くと、
隣に座る安倍にしなだれかかる。
「なっつぁん」
「はぁい?」
「ごめんな、いっつも、、、、」
「ううん」
「・・・・・・」
「ねぇ」
軽く目をつぶった所に声をかけられ中澤はまた目を開く。
「矢口さんの事、好きなの?」
「・・・・・・好きや」
「そか」
豆電球の小さな灯しかない部屋。
どっちからとは言わず、口づける。
しかし、今日の中澤はそれを拒む。
「なんやの、いきなり」
「?」
「そんな質問した後のキスはいややわ」
「いいじゃん」
「だって・・・・・・」
続きを言おうとした中澤の口びるを安倍は塞ぐ。
「言わないで、寂しくなっちゃうから・・・・・・
 私は、、、こうやって裕ちゃんの側にいれるだけでいいから」
安倍は俯く。
涙は見せない。


同じ暗闇。
こちらはその中でパソコンのモニターが煌々と光を放っていた。
眼鏡にそれが反射している。
酒の席を早々に抜け出した保田。
(やっと出せる。あれだけのスポンサーなら大丈夫。
 誰かに読んでもらえる自分の文章が・・・・・・)
ターゲットは、スポンサーと同じ域の10、20代女性。
雑誌コンセプトは、雑多。
第13編集部らしさ、それはまとまりのなさ。
それを上手く活かすためのコンセプト。
とりあえず出さなきゃ、意味がない。
少しでもいい文をあの人に見てもらわなければ。
思いだけが保田を走らせる。

数日後、中澤裕子は一冊の見本を手にし、会議室の前に立った。


仕事を終えた矢口真里がコンビニに寄る。
御飯を作るのも面倒だし、いっつも買ってるファンション誌の発売日。
買い物カゴを手にして、まずは雑誌のコーナー。
すぐにいつものを見つける。
その手前。
『seed』
矢口も知ってる有名なショップの店員さんが、かっこいいポーズで映ってる。
手に取り、パラパラとめくる。
ただのファッション誌ではなくジャズや格闘技など幅広いジャンルについて書かれてる。
「おもしろそうじゃん」
ヒマつぶしにはいい。
女性誌にはめずらしくテキスト主体の雑誌のようだ。
おもしろいテレビもない夜中にダラダラと見るにはよさげだ。
矢口はそいつをカゴに入れた。


会社の長い長い廊下
寺田は松浦と鉢合わせた。
「おぅ」
「編集長!」
「なに?」
「会議で第13編集部の雑誌を褒めちぎったって本当ですか?」
「よくやったやろ、あんだけの妨害工作の中で」
寺田の口から語られる真実。
「え?」
「会社としても、雑誌一つ作るにはそれなりのリスクもある。
 その役目を第13編集部には任せられないと思って
 スポンサー回さなかったり、色々したんやけど
 うまく人脈使って、大した出費もしないで
 一冊作っちゃったんだよ。しかも、そぅとぅおもろい。」
松浦は寺田が投げてきたものを受け取る。
それは、『seed』
創刊号の初版だ。
「ちゃんと読んでみろ。なんか懐かしいぞ」
少し微笑んで、寺田は去っていく。
それを開くと、ちゃんとしたレイアウトで、丁寧に作られた記事だというのがよく分かる。
あまり、雑誌としての文章ではないが読んでて、興味をそそられる。
よく出来ている。
(これが、編集長の言っていた事?)
松浦の中でまだ答えは見えない。


自販機で缶コーヒーを買う寺田の元にまた1人。
seedを手にした保田が現れる。
「読んでいただけましたか?」
「あぁ」
「どう、、、ですか?」
「まぁ、座りなよ。あ、なに飲む」
「いりません」
「そうか」
革張りのベンチ。
保田が座った横に腰掛け、コーヒーを一口流し込んでから
寺田はしゃべりだす。
「うちで書くのは辛いかな。」
「そう、、ですか」
「色が違うって言ったらいいのかな。」
「はい、、、、」
「でも」
「?」
「あの雑誌にはすごい似合ってたよ。」
「似合ってた?」
「すごくマッチしてたで、保田の文章。
 なんやろな、コラムっぽいのが合うんやろな。
 今度、うちのコラム欄空いたら会議にかけてあげるわ。
 ただ、seedは大切にしてやりや」
寺田尽人が関西弁でしゃべる時。
それは素直な気持ちが出ている時。
「はい」
保田はそれまでの気負いや色々な憑き物が落ちたような気がした。
本当はちゃんと見ていたから。
グータラ第13編集部の面々がグータラながらちゃんと熱意を持って、雑誌を作る姿を。
「じゃ」
「ありがとうございました!」
寺田の後ろ姿を見ながら、保田は背伸びした。
エントランスで待ち合わせしてる。
今日は創刊記念飲み会だ。


「なー、矢口ちゃんもいかへーん?」
「行きません」
受付口。
さっきから中澤は矢口にベッタリで、
今日の飲み会に行くよう口説き落としている(w
「行こうよ、行こうよー」
「行きません。っていうか、仕事の邪魔!」
「仕事言うて、さっき雑誌読んでたやん」
「シィーーーッ!なに言ってるんですか、矢口はそんな事しませんー」
明らかにからかってる。
足音がして、そちらを見ると保田が走ってきた。
「ごめんなさい、待たせて」
「ええねんええねん、ほな行こか。
 矢口ちゃん、最後にお別れのチュー」
「しません」
「ほら行くよ、裕ちゃん!」
「ごめんねぇ、、、、」
「本当にすみません、すみません!
 中澤さん、ああ見えて、本当に優しいんですっ!」
「コンビニで週刊ゴングとプロレス買っていいすか?」
「のの、カラオケも行きたいのれす」
「あかんで、編集長の演歌聞かされるわぁ」
みんな、ゴチャゴチャ言いながら出ていく。
残ってたのは、保田と後藤。
「行かないんですか?」
矢口が思わず聞くと
保田は笑って答えた。
「今回の一番の功績者が寝ちゃってるからね。
 起こさないと・・・・・・」
エントランスの上等のベンチで横になってる後藤の肩を掴み思いっきり揺らす。
「ちょっと後藤!起きなさい!!飲みに行くわよ!」
「んあ?」
「ほら、置いてかれるわよ!」
「はーい」
寝ボケまなこの後藤は保田に手を引かれて玄関から出ていった。
うるさいのがいなくなった、と
矢口は腰を下ろす。
そんな毎日。


第一章 終




第二章 sweet lover

何やらダンボールを抱えて、ロビーを横切る安倍なつみの視線は自然とそちらに向いてしまう。
光に満ちたこのエントランスの中でも、最も輝いているであろうあの場所。
受付口。
会社の顔とも言えるあの場所に座る少女。
そして、その前でからかうように笑ってるあの人。
安倍の足は止まる。
いたたまれなくなって、声を上げる
「裕ちゃん!」
「あぁ、なっちかー」
「仕事サボってないで手伝ってよ!!」
「本当だよ。仕事もしないで、給料貰ってるんじゃねぇよ」
「はいはい、ごめんなぁ。じゃなぁ、やぐっちゃん」
矢口の憎まれ口すらかわいいのか
中澤はその頭を撫でた後、安倍の元に走ってくる。
「なんや、妬いてるん?」


「・・・・・・」
そっぽを向く安倍。
エレベーターの中。
「怒らんでや」
「触らないで」
言い放つと、伸ばして来た手は躊躇し空中で制止する。
ドアが開く。
先に出たのは中澤だった。
「どいてよ」
「あかん」
手首を捕まれ、危うくダンボールを落としそうになるが
中澤はそれすらも無視して安倍を引っ張った。
向かう先はトイレ。
「裕ちゃん・・・・・・」
個室に連れ込まれる。
「そこに置き」
「うん・・・・・・」
「もうなっちには触れん」
キッときつくなる中澤の目。
逆にたじろいだのは安倍の方だ。
「え」
「中途半端にしてた私が悪かったわ。
 ごめん。謝っても許してもらえへんかもな。
 最初だって酔った勢いみたいなもんやったし。
 ほんま、、、、ごめんな」
そう言って、頭を下げる中澤の姿が目に入って、安倍の頭は混乱したようにクラクラとする。




あれは、安倍が入社してすぐの頃、直接の上司だった中澤に誘われて飲みに行った時の事。
いつものように酔いつぶれてタクシーで送って、家の中で介抱していて水を持ってきた安倍の腕を掴み、
首元をサラッと撫でた手は意外と温かくそのまま優しく抱き締められた。
「やわらかいんやな、なっち」
「・・・・・・」
心臓がバクバクした。
女の子と抱き合う事はあってもこんなにマジで抱き締められたのは初めてで、
どうしたらいいかも分からず抱き締められたままでいた。
後から中澤が言っていたのだがその時、安倍は彼氏と別れ際で毎日顔が死んでたらしく、
元気づけようと思っていたらしい。
その日は、2人ともいつの間にか眠ってしまっていた。
そこから始まった2人の関係。


「ワタシハヤグチガスキヤカラ」
最後に俯いた安倍の頬にキスをする。
それがお別れの印。
安倍はゆっくりとその頬に触れる。
ガタンッて個室のドアが閉まる音がして中澤はそこから消える。
とめどなく溢れ出す涙を止める事は出来ず崩れ落ちた・・・・・・・・・・・・

第13編集部の部屋に戻れば、中澤は何食わぬ顔で書類に目を通してた。
真っ赤になった目は誰の前から見ても泣いた後にしか思えない。
石川が何事かと立ち上がったが吉澤に止められ、また座った。
隣の席の辻、加護もはしゃいでたのに何一つ話さなかった。
後藤は枕に顔を伏せていたが起きているようでこちらの様子を伺ってるようだった。
机の上に置いた携帯が鳴る。
こんな時に限って、ちょっと切なげなメロディ。
大きくため息をついて、届いたメールを見る。
『飲みに行くよね?byケイ&カオリ』
チラッと目をやると、2人とも仕事している。
少し・・・・・・笑えた。




給湯室の中
中澤はタバコを吹かしながら入ってくる。
「中澤さん・・・・・・」
そこは石川の場所。
中澤もここに入ってくる事はそうそうない。
肩口を捕まれ、グッと壁に押し付けられる。
そして、奪うようなキス。
仕事部屋とは扉で仕切られてて音は洩れにくい。
口の端からは漏れる声。
「はぁっ・・・・・・」
「・・・・・・」
無言で石川の胸元のボタンを開ける。
彩られた爪が少しきつめに食い込む。
「っ・・・・」
石川はそれに耐える。
中澤を見ると、ひどく不安そうな顔をしていた。
手を伸ばして、頬に触れる。
胸を触ってた中澤の手がひどく震えてるのが分かる。
「ごめん・・・・・・やっぱ、嫌やろな」
「・・・・・・」
手が、指が肌から離れた瞬間、何かがたまらなく不安になって背を向け、仕事に戻ろうとした中澤に抱きついていた。
「石川?」
「やめないでください」
「あかんやろ、こんなん。・・・・・・セクハラやし」
「散々しといて、なに言ってるんですかぁ
 こんなブラまではずしておいて、、、、
 中澤さんがしないなら、私がします。」
石川は中澤を抱き締めた。
中澤の身体が最初は強張ってたが次第に力が抜けていく。
「ほんま、あんたは優しい子やな」
「私は中澤さんが好きです・・・・・・
 矢口さんを好きな事も分かってます。
 だけど、こうやってされるの嫌いじゃないから
 せめて、私を抱き締めてくれる人が現れるまで、、、」
「・・・・・・虫のいい話ちゃう?」
「中澤さんだって私をもて遊んだじゃないですかー
 いーんです、ギブ&テイクなんです。」
そうやって、当たり前のような顔して中澤に口付けると、耳元で囁く。
「石川、したくなっちゃいました。」
言われた中澤の方が赤くなってしまう。


  ガタッ

立ったまま、恥ずかしめを受ける石川。
震えた手が壁に触れる。
ピチャピチャッと静かなトイレの中ではその音はより卑猥に聞こえ
耳から入ってきて、脳の中で増幅される。
下を見れば、自分の茂みをかき分け丹念に、真っ赤な秘部を刺激し続ける中澤がいた。
ロクに直視できるような状況ではないが中澤にずっと見てろと言われて目を背ける事が出来ない。
指は滑らかな動きで肉を分けその先にある芽を弄る。
「んぁっ!」
「・・・・・・」
喘ぐ自分の声さえ刺激になる、もうすでに頭の中は真っ白で他の事なんて考えれない。
「気持ちええか?」
「はいっ、、、、」
「ふぅーん、こんな会社のトイレで気持ち良くなってまうんか」
「はい・・・・・・・・・・・・」


「変態。」
そんな言葉がタマラナイ。
身体全体が痙攣してもっと欲しいと戦慄く。
そんな様を見て、中澤は笑う。
「欲しいやろ」
「・・・・・・」
「欲しいんなら言わないと」
「・・・欲しいです」
「何が欲しいん?」
「バイブ、、、、」
「こんなにしておいて、ただのバイブでええの?」
中澤の指にまとわりついて
キラキラと、、、ヌメリながら光るものの正体。
「いやです、、、、」
「どんなのがええの?」
「太いのが欲しいです、、、」
石川は自分でも気付いていない。
その顔が笑っている事に。


辻が席を立つ。
「どこ行くん?」
隣の相方 加護は声をかける。
「トイレ」
「ん」
付いてくるとも言わず
おとなしくルービックキューブに目を戻した加護を見届けて
辻は足早にトイレに向かう。
またいつもの場所であの2人は。
みんな知ってる。
知ってるけど、誰もなにも言わない。
別にそれを言ったところで何もならないから。
ただ安倍は不安そうな顔をしてた。
トイレに入る。
押し殺された空気。
だけど、そこからは陰媚な匂い。
なにかが薫るわけではなく気配と言えばいいのだろうか
辻は隣の個室に入り、スカートの中に手を入れ下着を抜き取る。
石川や中澤に比べ、毛は薄いが、十分すぎるほど女の色を放っていた。
隣との境に頭を付け、人に見られると恥ずかしいくらい股を拡げ、指を這わせる。
いつからだろう、こんな事し始めたの。
編集部の飲み会でボーリングに行った時に聞いた石川の叫ぶ声だろうか、それとも・・・・・・
辻は石川の事が気になっていた。
ただそれを恋や愛と言うのかは分からなかった。
女の子らしくて、細くて、まるでアニメや漫画に出てくるような理想的な女の子象。
そんな物にあこがれてるのかもしれないと辻も思ってたが
ただ辻は石川の事を考えるとドキドキしてしまう。
その石川が中澤に性的な事をされ、喘ぎ、声を漏し、腰をくねらせ、感じている。
そう思うだけで、興奮してきて、溢れ出す。
「りか、、、、ちゃん」
狭い二つの空間で交錯する思い・・・・・・




終業のベルが鳴り
矢口もまたその業務を終える。
携帯電話を見ると、寺田からメールが入っていた。
待ち合わせの時間と場所が書いてある。
向うは忙しい身だが時折こうしてメールを送ってきて御飯を食べたりしている。
フと振り返ると、浮かない顔でタイムカードを通す女。
(なっち、どうかしたのかな?)
中澤がなっち、なっちと呼ぶので覚えてしまった。
(どうせ明日の朝も会うし、いっか)
矢口の足は更衣室に向かう。

一方、その頃、第13編集部。
「あかぁーん、書き直せぇ!この写真の入る場所もおかしいやないか」
「へい・・・・・・」
辻は記事にダメ出しをされ、しょぼくれる。
「のの・・・・」
「帰ってていいのれすよ、、」
心配だが用事のため残業が出来ない加護を見て、笑ってみせる。
他にメンバーはもう帰ろうとしてる石川ぐらいしかいない。
少し寂しくて、そんな事を思ってるとカッターを使ってた手が滑った。
「痛っ!」
紙を押さえてた指から血が溢れる。
「ののっ!!」
それを見た石川は飛んできてティッシュを手にして傷口を圧迫する。
辻の前で跪き、眉を八の字に曲げ、顔を見上げるその姿にドキっとした。
「梨華ちゃん、、、、」
「痛いの治った?」
「グスッ、、、、ふえーん」
思いっきり抱きつく。
石川はそっと頭を撫でてくれる。




いつも通り。
いつもの時間。
他の社員よりちょっと遅め。
そして、えらく慌ただしい足音で彼女は現れる。
「おはよ・・・・・・」
「おはようござ・・・・・・」
まで言って、矢口は考える。
昨日の安倍のひどく落ち込んだ顔を思い出した。
今、目の前にいる安倍も少し目が腫れてるっぽい。
「ねぇ、なっち」
「!?」
バッグの中を漁ってた安倍は矢口を見る。
「元気・・・・・・ないね」
「え・・・・・・」
「いや、いっつもさぁ、こうなんちゅーの。
 おはよっ!!って慌てながらだけど
 すっごい元気に入ってくるのにさぁ
 おはよ・・・なんて入ってくるとさ
 こっちも心配しちゃうわけよ・・・・」
うつむく安倍
(やばっ、気に触る事言っちゃったかな・・・・・・)
矢口はビビリながら、その顔を覗き込む。
パッと上がった顔は以外にもサッパリしてた。
「大丈夫っ。あ、そだ、なんでなっちの事知ってるの?」
「だって、そこの編集長が」
「あぁ、裕ちゃんが・・・・・・」
そう言って、2人とも最初は苦笑いしてたが
いつの間にか大爆笑し始め業務も忘れて、談笑を始める。


「・・・・・・なっちはまだこんのかいな」
中澤はカリカリしていた。
自分が振ったショックで休まれたのかと思い、気が気でない。
それに重ねて、他の記者のスローペースぶり。
これは編集長として頭の痛い問題だ。
「圭坊、なんかええネタないかー?」
「そうねー・・・・・・」
ただ今の保田に思考回路
『秋→センチメンタル→寒くなる→あったかいもの→鍋』
「鍋なんてどう?」
「おもろいな。でも、そんなん詳しい奴は・・・・・・」
中澤は編集部内を見回す。
飯田、交信中。
辻、加護、自分の記事と格闘中。
吉澤、なにやら人形を二体手にして、組みさせてる。
後藤、寝てる。
「後藤・・・・・・」
「あぁ、知ってるかもね。」
保田は視線を後藤に落とす。
「ちょっと後藤、起きてくんない?」
「ん、、、?」
「あんたさ、鍋とか好き?」
「あー、あんま肉とか魚は・・・・・・」
「特集、鍋にしようかと思うんだけど」
「チゲ雑炊がね、おいしいの
 あとねー、カルビクッパもいいよねぇ」
後藤は1人で『鍋』というよりは『雑炊』の話をし出す。
保田の目は明らかにどうしようかという疑問の視線を
中澤に投げかけていた。
「まぁ、雑炊でもええんちゃう?」
「いいの?」
「この時期やし、いいやろ。」
「・・・・・・後藤、あんた自分の記事は?」
寝起きでボーッとしてる後藤はニヘラと笑ったかと思うと
真っ白な紙をヒラヒラと振ってみせた。
「出来てないのね」
「ん」
「分かった。私と一緒に取材に行くわよ。」
「はーい」
普段は寝腐ってる後藤だが
保田の言う事は素直に聞く。
マフラーを巻いて、嬉しそうに保田の後を付いていく後藤を見てポツリと一言。
「意外といいコンビなんやなぁ・・・・・・
 っていうか、吉澤、お前なにしてんねん!!」
「へ!?」
吉澤の手元ではフル可動人形が2体、上になり下になりくんずほぐれつ
夜のプロレス状態になっていた


取材を終え、一息つこうと松浦は会社のエントランスでコーヒーを飲んでいた。
人々が行き交う。
着ているスーツ、歩き方
年、性別、何もかも。
冷静に見る。
第三者の目で。
その流れの中にいる自分もまた
他者から見れば、流れの一部なわけで
そんな中から自分は何を感じ取るか
それが記者には大切だと松浦は思う。
主観だけじゃなく
それでいて、自分の言葉で自分の思いをそこに込める。
それが『かっこいい』と彼女は思う。
そんな事をフと再確認させられた瞬間の目の前を保田と後藤が通っていく。
保田圭、山崎出版NO.1売り上げのDIVAのライターになるべく
編集長寺田に直談判した女。
その文章は余り有る知識をひけらかすのではなくちりばめた感じ。
悪くはない。
たぶんDIVAの方向性に合ったら、間違いなく寺田は彼女を引っ張ったであろう。
その後ろの後藤真希もまた有名である。
夜は遊び歩き、昼は寝てる、別名眠り姫。
それでも、どこか他人とは違う何かオーラが出ていて
現に今も眠そうに目をこすりながら歩いてるのに
男性社員は彼女を見ている。
松浦の中で膨らみ続ける寺田の言葉
それを解明するべく、松浦は第13編集部を追う事にした。


辻は指に巻かれた絆創膏を見ていた。
何をするでもなく、ただジーっと。
「のの、、、のの?」
「え、あ?なんれすか?」
加護が飴玉の袋を持ってた。
「あぁ、お菓子ー」
「指、痛い?」
「ううん」
その2人の間に不用意に石川が割り込んでくる。
「いいなぁ、梨華にもちょうだい?」
石川の顔がそこにある。
石川の唇がそこにある。

(梨華ちゃん、、口移しでいい?)
(え、恥ずかしいよ)
(いいじゃん)
(だって、、、、、)
力づくで石川の身体をグッと抱き寄せる。

「ののーーーー?」
「ののちゃん、生きてる?」
「はっ!!」
モロ目の前に石川の顔が近付いてて、驚いてしまった。
どうやら交信していたらしい。
石川は口をモゴモゴさせる。
もう飴は食べていた。
「はい、ののにプレゼント。」
辻の手を取って、石川が何かを握らせた。
石川はスキップしながら席に戻る。
手を開いてみると、それはただのゴミだった。
石川が食べた飴玉のごみ。
「しょーもなっ!」
加護が石川を見ながら叫ぶ。
照れ笑いを浮かべる石川をよそに
辻はまたそっとそのゴミを握りしめた・・・・・・




その日の安倍は昨日の様子とは一変、ウキウキと楽しそうである。
あれだけ心配してた中澤も拍子抜けして何が何だか分からず、逆に安倍に声をかけづらくしていた。
時折、携帯電話を取り出しては早々とメールを打ち、
それを繰り返す合間に記事を作っていた。
隣の飯田が話を切り出す。
「ねぇ、なっち、なんかあったの?」
「んー、、なんでもないべさ」
と言って、中澤をチラッと見た。
一体なんだというのだ。
「すっごい楽しそうだよ」
「いいCD買ったんだぁ」
嘘。
だけど、周りの人間は誰も見破れない。
よほどよかったのだろうと思う。
「どんなの?」
「アフリカの民族音楽っぽいのとか入った
 癒し系のCDなんだけど、なんとなく買ってみたの」
「今度、聞かせてよ」
「いいよー」
笑顔。
見るだけでこっちも幸せになりそうないい笑顔だ。
中澤の顔は反対に翳る。
それを見る石川も不安そうになる。
辻がさらにそれを見て・・・・・・ないじゃん。


心地よい音楽が部屋を満たす。
中澤は間接照明に彩られながらソファに座り、ビールを口にする。
テーブルには手料理。
そして、横には石川が座ってる。
「緊張してるん?」
「いえ・・・・でも、なんだか、大人な雰囲気ですね。
 石川、こういう部屋、憧れなんですよ。」
「なんだったら毎日来てもええんやで」
「そんなぁ」
中澤に勧められるままにビールを飲む石川。
その頬は心なしか赤い。
それがアルコールのせいなのか気分なのか分からない。
「石川ってよー見たら、綺麗系の顔なんやな」
「中澤さんも綺麗ですよ」
「・・・・裕子って呼んでや」
指が髪を撫でていく。
それだけで気持ちいい。
オレンジ色の照明が石川の濡れた唇を演出していた。
ゆっくりとソファに沈む身体・・・・・・

床に置かれたバッグの中で震える携帯には気付かない。


「寝てるのかなぁ」
辻はつぶやく。
1人の部屋。
ぬいぐるみを抱えながら
ベッドにパタンと倒れ込んだ。
「梨華ちゃん」
急に石川の顔が見たくて御飯に誘ったけど返事が来ない。
疲れて、早々と寝てしまったのかと辻は思っていた。
「はぁ」
ため息が出る。
いや、違う。
そう思い込んでたのだ。
辻にだって分かってる。
石川と中澤の関係。
だから、辛い。
叶わない恋。


安倍は待ち合わせの相手を見つけ、
嬉しそうに笑いながら近付く。
「ワッ!」
「うぉ、ビックリしたぁ!!」
ちっちゃい後ろ姿。
矢口真里。
メールのやり取りで今日は遊びに行こうと約束したのである。
朝、話してただけでなんか気が合うと2人とも感じていた。
予約してたイタリアンレストランに来てまずは軽くワインで。
「いやぁ、それにしてもまりっぺがこんなにおもしろい子だとは思わなかったべさぁ」
「なっちがこんなに訛ってるとはねー」
「あ、訛ってるのは言わないでよー。
 直らないんだよねぇ・・・・・・」
そんな他愛もない話をしていたがやっぱり一通り食しお酒も進み、二件目なんて頃にはいい年頃の女。
恋の話にもなる。
「いい恋したいねぇ」
「ねぇ」
「どうなの、その辺」
「矢口はねぇ」
矢口の目が伏し目がちになる。
安倍はグラスに残ってた残りのビールをくっと流し込んだ。
長い夜になりそうだ。


矢口真里、18歳。
恋は多いが、良い思い出はなし。
最初の恋人は引っ越しで転校、消滅。
中学の頃の恋人は甘い思い出も多いが、ガキくさ過ぎた。
高校の頃の彼はダンスがうまかったけど警察のお世話になって、消滅。
他、色々
そんなイヤーンな恋愛を重ねると人間、恋愛不信にもなってくる。
今、寺田がモーションかけてきているが正直、戸惑ってる部分もあった。
彼はかっこいいし、しゃべりもうまいし、居て楽しいし、博識ですごくいい人だ。
だけど、恋愛となったらいつかそういうのが見えなくなって、喧嘩もしたりして、嫌になってしまうかもしれない。
なんかそういうのが寂しくて、恋に踏み出せないでいた。
「確かに、寂しいねぇ」
「でしょー・・・・・」
「どうだい、なっちと・・・・・・」
「え?」
矢口はキョトンとした顔で安倍を見る。
言った方の安倍が照れたようなそぶりで返す。
「なーに言ってんのさぁ」
「え、、、あ、、、うん、、、そうだよね」
「?」
矢口の童謡したようなそぶりが安倍には分からない。


帰り際、2人は手をつないで歩く。
酒が入って、少し風が冷たくてもあったかく感じる。
「星見えないや」
安倍は立ち止まり、空を見上げた。
「北海道って星綺麗?」
「綺麗だよ。実家の室蘭なんか一面星だらけだべ」
「へぇ、見てみたいなぁ」
しばらく2人で空を見ててちょっと寒かったが、
矢口はまだ帰りたくなくて、一緒にいたくて、近くの公園のベンチに誘った。
行く途中に缶コーヒーを買い2人で飲む。
「はぁ・・・・・・」
息が白く曇り
スーッと空に昇り
散っていく。
そんな儚げな様が矢口の気持ちを揺らがせる。
安倍の肩に頭を寄せる。
「あらぁ、どうしたのさぁ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「なっち・・・・・・」
「んー?」
「寒いから抱き締めて」
寒いのを言い訳にした。
ただ誰かに抱き締めてもらわないとさびしくて、あの白く曇った息のように空に散らばりそうだから。
ギュッと抱き締めてもらえたら嬉しかった。
安倍は優しくそれでいて力強く矢口を抱き締めた。
「あったけー」
「そうかい」
安倍の顔にこぼれる笑顔。
だけど、それは少し切なそうなものだった。




今日も石川の喘ぎ声を聞きながら隣の個室で自慰行為を続ける。
水が流れる音。
静かに2人は出ていく。
辻は息を整え、乱れた服を直し表の様子を伺いながら
ドアを開ける。
手を洗って廊下に出ると、そこには中澤が待っていた。
「中澤さん・・・・・・」
「辻ぃ、なっがいトイレやなぁ」

安倍は作業をする手を止めて今はいない主人の席を見る。
(裕ちゃん・・・・・・)
好きだ。
それがどんな始まりであろうと今の気持ちに嘘はない。
だけど、その人は別な人が好きだという。
その別な人とひょんな事から仲良くなった。
きっとあの人はいつか彼女を口説くだろう。
ギュッと胸が締め付けられる。
あの人が自分ではなく彼女を抱いた時、自分はどんな顔をしてあの人の顔を見ればいいのだろう。


「はぁ・・・・・・」
矢口もまた溜息をつく。
眼前に寺田の姿が見えた。
「今晩、空いてる?」
「・・・・・・ごめんなさい、今日は」
「そか、また今度」
そう一言告げ、彼は忙しそうに行ってしまった。
きっと付き合っても、そんなすれ違いばかりが生じてダメになる。
寺田と入れ代わりにやって来たのは、中澤。
「なんですか?」
「受付嬢がなんて顔してんねん。笑いぃ」
「こう?」
「ん、よし。やぐっちゃんは笑顔がええねん」
艶かしい唇。
ローズレッドに彩られていた。
「口紅、いい色だね」
「そか?今度、プレゼントしたろか?」
「え?いいの?っていうか、なに、口説くつもり?」
中澤の目が真剣になる。
矢口の顎をスッと撫でる指。
「口説かれたいんか?」
「え・・・・・・」
「うちはいつでもええんやで、、、」
矢口の頭の奥で声が響く・・・・・・




石川が走っていた。
その右手には携帯電話を握りしめて。
中澤から来たメール。
会社から大きな通りの方へ少し行った所にある
コーヒーショップで待っている、と。
どんな話をされるんだろう。
やっぱり振られるんだろうか、不安だけが胸に渦巻く。
店の前で立ち止まり深呼吸してからドアノブに手をかけた。
一番奥の席に人陰。
「なかざ・・・・・・」
そこには、辻が座っていた。
「のの・・・・・・」
「梨華ちゃん」
「中澤さんは?」
「来ないのれす」
「そっか。ののも中澤さんに呼ばれたの?」
「・・・・・・」
黙っている辻。
石川はとりあえず向い側に座る。
俯いて、ひどく緊張している面持ちの辻に声をかける。
「のの?」

  ビクッ!

辻の手の中にあったグラスから
水がこぼれた。
「なにかあった?」
「・・・・梨華ちゃんは中澤さんが好きなの?」
震える唇が紡ぎ出す言葉は
酷くかぼそかで、弱々しく吐き出される。
「・・・・・・!?」
「ののはぁ、梨華ちゃんが好き」
意を決するように上げられた顔。
その目は強くて、優しい。
「中澤さんと梨華ちゃんがHしてるのを聞きながら
 隣の個室でいっつも1人でしてた。
 梨華ちゃんの声が頭でグルグルしてた。
 ずっとずっと一緒にいたかった」
梨華の手を掴み、そっと握りしめる。
「私じゃダメ?」
「のの・・・・・・」
石川はその触れあった手から流れる暖かな心と自分への思いを感じると共に
今まで一緒にいた時間の中の辻を思い出す。
ふざけてる辻
泣いてる辻
笑ってる辻
怒られてる辻
自分を姉のように慕い
時には困らせ
付いてきていた。
「ごめん・・・・ここでは答えれないよ」
「そっか・・・・・・」
お金を置いて、去っていく石川の背中を見つめる
辻の頬を流れる一雫。


「ねぇ、なっち」
「?」
「中澤さんって本気なの?」
明るい雰囲気のバーのカウンターに座る安倍と矢口。
「ほん、、き?」
「今日ね、『うちは矢口の事好きなんや』って」
「裕ちゃんは本気だよ、いつでも」
そう口に出して、安倍は笑う。
語れない言葉。
「だけど、女同士だよ」
「・・・・そういうもんかなぁ」
「だってさぁ」
「そんな事関係なくその人が好きになっちゃう事ってあると思うけどなぁ」
矢口は安倍を見る。
彼女の目はカウンターの向うの並ぶ酒のボトルを
いや、その向うにある何かを見てた。
「なっちはそういうの大丈夫なの?」
「んー、、、なのかも」
「そか」
二杯目のスクリュードライバーに口をつける。
その時、店のドアが開いて、誰かが入ってくる。
「裕ちゃん・・・・・・」
「あぁっ!やぐっちゃんやないのー。
 なっちと2人でなにしてん?」
中澤と、その後ろには石川の姿が見える。
翳る安倍の顔。
石川もそれに気付き、気まずそうにする。
しかし、中澤は矢口の隣に座ってしまった。
「一口ちょーだい」
いいよの声も聞かず、矢口のカクテルに口をつける。
薄く残ったローズレッドの口紅。


「中澤さん、こっちに・・・・・・」
「えー、、、まぁ、ええか。
 お姫さまにはかなわんわ」
2人から少し離れたテーブル席に座る中澤と石川
「ビックリしたね」
「・・・・・・うん」
矢口が安倍の憂いを帯びた表情に気付かない。
耳の端で捕らえる中澤の声
電話で話してる。
ガタッという椅子を引く音。
それよりも幾分か荒々しく聞こえる。
勢い良く立ち上がったような
「はぁ!?社長が記事の差し換えを!?」
中澤が店内中に聞こえるような声で叫んだ。
石川が周りに謝ってる。
「なっち!」
ツカツカとこっちに歩いてきた中澤の目は今にも炎が出そうなぐらい燃えたぎっていた。
「は、はい」
「会社戻るで」
「えぇっ!?」
「どうしたんですか、中澤さん?」
矢口が聞くと、さっき安倍に見せた険しい表情よりは和らいだ顔で笑っていた。
「あのアホんだら社長が会議にもかけないでうちらの特集記事、ボツにしおった」


会社へと向かって走る3人の編集者。
自分達が作った物を否定される悔しさ。
しかし、石川の心はそれ以上に揺れ動いていた。
辻の温もり。
そして、さっき矢口に見せた中澤の顔。
自分はどこに行けばいいのか
何をすればいいのか
今、横を走る中澤を見ると少しドキッとする。
会社の前に来ると、ちょうどよく社長が帰宅するべく
車に乗り込むところだった。
(待てや、ゴルアァアア!!)
という言葉を飲み込んで
「社長!待ってください!!」
と、中澤が叫ぶ。
「ん・・・・・・君はぁ」
「第13編集部の中澤です」
「あぁ、読ませてもらったよ」
「差し換えってどういう事ですか?」
「雑炊ってのはぁ、、、奇を衒いすぎじゃないかね?」
「鍋特集なんてのは女性雑誌では当たり前です!
 そこに御飯を入れて食べる旨さを
 社長も御存じではないですか?」
「あれは、、料理といえるか?」
キレそうになる理性を抑え、口をつぐんだ。
「どうだね?」
「・・・・・・」
「俺はおもしろいと思いますがね」
社長の後ろに立つのは、寺田尽人。
「寺田君」
「このネタはこいつらじゃないと書けないかなぁ」
さらに、その奥の柱からこっちをジッと見てるのは松浦だ。
「しかしだねぇ」
「いやぁ、社長のお気持ちも分かりますけど
 どないですか、ここは一つ俺の顔に免じて
 この話、俺に預けさせてくれませんか?」
「はぁ?」
中澤があげたすっとんきょうな声。
そりゃそうだ。
一体、何を言い出すのだ、この男。
「うちで今、女性格闘家の特集やるんですわ。
 それで、第13編集部の吉澤と
 社長のお気に入りの記者に記事を書かせて
 勝負させるっての、どないすか?」
「よ、吉澤かぁ」
「どうするの、裕ちゃん」
心配そうに中澤を見る部下2人。
中澤の脳裏にはさっき電話をしてきた保田の声が聞こえた。
人一倍責任感が強くて、記者という仕事を愛してる
あの子がうろたえて、震えた声で電話をしてきた。
「受けてたってやろうやないか」

その頃、矢口は
「・・・・・・・・・・・・。」
1人で飲んでいた。




第三章 REAL

目が覚めた。
目覚めは悪い方ではない。
ベッドから起き上がり、思いっきり背伸びした。
窓辺のレースのカーテンからは白い光が零れだし、
フローリングの床に映り込む。
そんな中、目覚まし代わりにスピーカーから聞こえるのは
・・・・・・イノキ・ボンバイエだ。
「シャァアア、コノォ!」
吉澤ひとみ。
生粋の格闘ヲタクである。


トレーニングウェアを着て
4キロのコースを走り
朝御飯に味噌汁、納豆、目玉焼き。
至って普通のメニュー。
それを食べ終わると
服を脱いで、シャワータイム。
汗を流したらゆっくり新聞に目を通す。
着替えて、化粧して一杯の牛乳を飲み
自転車に跨がって今日も出勤。

受付嬢の女の子はちっちゃくてかわいい。
矢口真里はカードリーダーにカードを通した吉澤にこう言った。
「よっすぃー、がんばってね」
「がんばって?」
矢口は吉澤が勤める山崎出版第13編集部編集長の中澤のお気に入り。
「ま、いづれ分かるさ」
矢口の言葉を100%理解出来ないまま吉澤は階段を昇っていく。
ただ歩くんじゃなくて走っていく。
扉を開ける。
第13編集部。
全員の視線が自分に突き刺さった。
「おはよーございます・・・・・・」
おかしい。空気がおかしい。
「吉澤、ちょっと来い」
・・・・中澤の目が光ってる。
(なにか、ミスしたっけ)
何も分からないまま、中澤の机の前に立たされる。

その3秒後、アノ話を聞かされ
吉澤ひとみはなぜか側転した・・・・・・


その日の帰り
吉澤はそのままいつも通ってる道場に向かう。
初めは体力作りのつもりだったが、やっぱりマジでハマってしまった。
初めて格闘技を見たのはずっとずっとちっちゃい頃、
父親がボクシングの試合をよく見てて一緒になって見てた。
中学の頃はジャニーズにもハマってキャァキャァ言ってた。
だけど、やっぱり戦う人に憧れて、次第に格闘技を見るようになった。
その頃はK-1なんかもやっていて、クラスに詳しい人もいたりして、
どんどん総合格闘技なんかもチェックし始めて、
いつの間にやら生活は格闘技を中心に回るようになっていた。
だけど、試合やインタビューを通してそこに垣間見る選手の努力や気持ちを忘れる事は出来ない。
それが観客の気持ちと連動した時なんて見てるこっちも興奮してしまう。
なんて事を考えながら、縄跳びやアップを終え身体は暖まり、ウェイトに入る。
こんな時に吉澤は記事のネタを思い浮かびやすいが、今回は事が事なので軽く考えてもいられない。


「っていうわけやねん」
「えぇーーーーーっ!」
あまりに驚いて、側転。
「なんでやねん」
中澤のつっこみ。
まぁ、妥当なつっこみだろう。
「いや、つっこみたいのはこっちっすよー」
吉澤はチラッと保田と後藤を見た。
保田が両手を合わせて、頼んでる。
後藤は寝てた。
「格闘技の記事なんですよね?」
「そうや。だから、お前やねん」
「分かりました。吉澤に任せてくださいっ」

安請け合いしたわけじゃない。
保田と後藤ががんばって取材して、あの記事を書いた事を知ってるから。
その後、自分の席に戻って寝てる後藤を見てみると泣いていた。
(どんな事やろうかなぁ)
記事を載せるのは、DIVA。
読者は、1〜30代男女。
有名な選手のインタビュー・・・・・・
現在の格闘技界の動き・・・・・・
頭の中をグルグルと回る。


「じゃ、頼んだぞ」
「まかせてください」
社長に向かって笑いかける四つの影。
その様子を窓の外から覗く者が1人・・・・・・松浦亜弥。
屋上からロープを使って、覗いてるのだがこいつ、何者だ?
(社長秘書軍団か・・・・・・)
山崎出版の元記者、もしくは、面接で気に入った女の子を
手元に置くために秘書にしてるというウワサはなかばはずれてもいなさそうだが
松浦はものすごく1人、気になっていた、柴田あゆみ。
実は情報通松浦を持ってしても
彼女の情報だけは何一つなかったのだ。
その横に並ぶ3人の事はなんとなく知っている。
大谷雅恵と村田めぐみは社内でも有名な宴会班。
斎藤瞳は幹部クラスに太いパイプを持ってるらしい。
彼女達が寺田以外の編集長クラスの人間を落として
圧力をかければ、寺田も社長側に付かざるを得ないというわけか。
(これは大変だなぁ)

  スルスル・・・・・・

松浦が逆さに釣られたまま、昇っていく。




翌日
吉澤はボーっとボクシングバンダム級のビデオを見ていた。
一体、何を記事にしたら、雑誌は売れるのか
そして、格闘技のおもしろさは伝わるのか。
問いはそのまま格闘技という世界の広さと同じくらい
どんどんと心の内に広がっていき、その端は見えなくなり
また改めて問いかける事となってしまう。
「よっすぃー、がんばってね」
石川が差し出したのは、ベーグル。
「あ・・・・・・」
気づかって、買って来てくれたらしい。
しかも、吉澤が好んでる店のやつだった。
「ありがと」
「なぁなぁ、よっしぃー。」
「わたしたちも手伝う事ないれすか?」
膨大な資料の向こうから顔を覗かせる辻と加護。
「まだないよ。って2人とも自分の出来てないんでしょ?」
「・・・・・・」
顔を見合わせてる。
その仕種が可愛くてちょっと笑った。
ちょうどよくビデオが終わったが
ネタが一向に思い付かない。
スクッと立って、向かったのは屋上。
「はぁ・・・・・・」
流れるような車の交差。
人々も足早に歩いていく。
そんな中で格闘技という非日常が
この世界の中でどういう意味を持つのだろう。
自分が大好きなコトをみんなに伝えたかった。
だけど、それをうまく言葉に出来ないのだ。
「飲む?」
「保田さん・・・・・・」
隣の鉄柵に現れたのは、保田だった。
突然、声をかけられ、驚いたが
未開封の缶コーヒーを受け取り一口飲んだ。
「ごめんね」
「いや、そんな・・・・・・」
「まぁ、うちの編集部じゃぁね。
 雑誌自体つぶされそうなんだし」
「・・・・・・」
「でもさ、私達だって一応、記者なんだしさ
 誰かに何かを伝えるために仕事してるわけで
 そういう思いをつぶそうとするなんてさ
 ムカつかない?」
初めてだ。
保田が第13編集部の誰かにこんな思いを話すのは。
吉澤は保田を見た。
猫のような目は自分に向かって笑いかけてた。
「ムカつくっス」
「頼んだぞ、吉澤」
「まかせてください」
「困った事あったら、相談しろよ」
自分の記事の事もあるのだろう。
背を向け、手をひらひらと振る。
「・・・・・・あの!」
「早速かよ!!」
「カメラの使い方が分からないんすけど」




矢口真里は背筋を伸ばし、シャンとした姿で受付口に座っていた。
視界の端に入ってくるのは秘書軍団。
「おはよう、矢口さん」
「おはようございます」
村田が通っていく。
「今日もちっちゃいわねー」
「どうも・・・・・・」
大谷が通っていく
「かわいい・・・・」
「・・・・・・」
斎藤の流し目
「・・・・学力低くて、秘書になれなかった」
「・・・・・・!!?」
柴田がポツリと言い放つ。
去っていく連中。
矢口の顔が歪んでいる事には気付かない。
(殺すぞ、ゴルァ)
「もー、やぐっちゃん、笑いー」
「あー、中澤さん」
一難去ってまた一難。
中澤がカウンターごしに顔を近付けてきてる。
「今晩空いてる?」
「また飲みに行くの?」
「なんや付き合えないとでも言うんか?
 裕ちゃんの酒が飲めへんのかっ!?」
最近、安倍と仲良くなったせいか
すっかり中澤とアフター5を付き合う事が多くなった。
最初はただウザかったのに。
やっぱり、一応この人は自分より大人なわけで、
人生の愚痴だとか悩みを聞いてくれたりもしたし、
なぐさめてもくれたし、怒ってもくれた。
いつの間にやら仲良くなっていた。
「はいはい、そんな大声あげないでくださいよー」
「よし、また後でな」
と言って、会社の中に戻ってしまった。
外に出る用事はなく
矢口にその事を伝えに来ただけらしい。
(ヒマなのか、あの人?)


中澤が第13編集部に戻ると吉澤を囲んで、みんなが集まっていた。
「なになに、どないしてん?」
「カメラの使い方がわかんないんですよー」
「カメラァ?カメラなら圭坊やろ?」
「それが私にも分からないのよー」
それまで交信してた飯田が割って入ってきて
吉澤の手からカメラを取るとなにやら凝視しだした。
みんな、その様子を固唾を飲んで見守る。
「壊れてるね」
「え!?」
「分かったのれすか!!?」
「うん、壊れてる」
「圭織、どうやったんだべ?」
「カメラの声を聞いたの」
「・・・・・・怖っ」
飯田はいたく真面目な顔でそう言った。
まんざら嘘でもないようだがそれにしても、これは超状現象の域だ。
「カメラ、どっかから借りてこないと」
「そやな。みんな、各部署回って聞いてこよか」
皆がうなづく中、後藤だけは寝ていた。

1時間後
「あった?」
「ない!」
「ないっすよー・・・・・・」
「ほんまなんやねん、この会社」
どこの編集部もカメラを貸してくれない。
「どっかプロに頼む?」
「それしかないかなー」
そんな中、中澤の目は飯田を見ていた。
「どうしましょう、中澤さん!」
必要以上にうろたえてる様子の石川が中澤に振ると、彼女は膝を叩いた
「これや!」
「へ?」
「圭織、あんた確か速写の天才ちゃうっけ?」
みんなが注目する中、飯田が口を開く
「目で見た1000/1秒までの画像ならメモリーできるよ」

(デジカメよりすごくない?)

かくして、吉澤はデジカメより高性能なイラストレーター飯田を手に入れ、取材へと出るのであった。


いつも試合に行ってるインディーズ女子プロレスの練習場。
ドアを開けただけで、汗と熱気が分かる。
「どうも、吉澤です」
「あぁ、どうも」
本当に小さな団体で、総勢20人くらいしかおらず、
スタッフのはてまで吉澤の事は知っており、今回の取材の事を話すと快く承知してくれた。
「じゃぁ、飯田さんはよさそうなポーズをスケッチしててくださいね」
「うん、分かった」
と、言ってる飯田の手には何もない。
どうするのか聞きたかったが
大丈夫と言ってたから、大丈夫なのだろう。
スタッフに案内されたリング横の応接セットにはこの団体の社長であり、エース選手が座っていた。
「ひさしぶり」
「よろしくお願いします」
「よろしく」
ってな感じでインタビューを始めたのだが、
吉澤の耳にはリングに打ち付けられる音だとか
ロープがたわむ音がついて離れない。
社長もそれに気付いて、笑った。
「やってく?」
「いいんすか?」
「OK。OK。」
リング下では飯田が目を見開いてこっちを見ていた。
ちょっと怖い。


「受け身やろうか」
「はい」
練習生が見本に回ってみせる。
吉澤もそれに続いて、綺麗に回ってみせる。
「おぉー、うまいうまい」
一通りの受け身を終え
今度はロープワークに移る。
日頃、道場で練習してるだけあって見劣りしないくらいの走りを見せた。
「よっすぃー、記者やめてレスラーなりなさい」
「命令ですか?」
「勿体無いなぁ」
次はコーナーからの飛びだがさすがにこれは他の選手も止めた。
・・・・・・だけど、飛んじゃうし。
「本当に転職しない?」
「え・・・・・・」
レスリングの練習。
さすがに額から汗がこぼれてる。
練習生と手を合わせた瞬間、練習生の顔色が変わる。
指一本の差で、次の一手に移る隙を奪うのである。
もうこれは天才的としか言えない。
「よっすぃー・・・・・・楽しい?」
「楽しいです!」
とびっきりの笑顔。
神はなんて罪作りなのだろう。
これほどまでの天才を作りながら、彼女はその道とは別の道を歩いている。
その後もトップレスラーの技をガンガン受けるも練習のせいなのか、天然なのか
完璧なまでの受け身でスクッと立ってみせるのであった。
「ありがとうございましたー!」
最後に社長が一枚の名刺を渡してくれた。
そこには、社長自らの携帯番号が。
「誰か怪我したら呼んでいい?」
「えぇ・・・・・・」




第4編集部記者 平家みちよが取材バッグを担いで廊下に出てくる。
何気なく進行方向とは反対側を見た。
(あれは・・・・・・)
自分の所の編集長が、社長秘書斎藤瞳と話してる。
話してるというか、一方的に言い寄られてる感じだ。
(どないしたんやろ?)
なにかトラブルでもあったのか
それとも、バカ社長がまた強権発動して記事を変えさせたのか。
時計を見た。
時間がない。
エレベーターに飛び乗り、エントランスについたら走る。
受付口では中澤がコーヒー飲みながら矢口と談笑してた。
「姐さん、こんな所で茶売ってる場合かいな?」
「なんやの、矢口とうちの愛の確認を邪魔するんか?」
「なんですかぁ、それ。別にそんな事してませんよ」
「えー、裕ちゃんと愛の確認中やないかー」
「知らないですって」
「矢口さん、ほんまごめんなー、こいつ、アホやねん」
「アホぬかすな、コルァ!」
「こわぁ!中澤さん、こわぁ!」
「だから、やぐっちゃん、裕ちゃんて呼んでみ」
そんな中澤はほっといて
平家は会社から飛び出て行った。


同じ頃、某トイレでは
(よっすぃー大丈夫かなぁ?)
便座に腰掛ける石川梨華。
するよしないよはさておいて
ナニをしてるわけでも、用を足してるわけでもなく
閉めた蓋の上に座ってるのである。
彼女は中澤を待っていた。
しびれを切らして、
メールしようと携帯を出した瞬間
誰かがトイレに入ってきて
秘密の合図。
ノック・・・・・・







少し間を開けて、3回ノック。
石川はそーっと覗き込むように開けた。
「梨華ちゃん・・・・・・」
辻がいた。


第13編集部では、飯田が保田のプリンターを抱えて
どっかに行ってしまい、皆でその帰りを待っていた。
「圭織、どこ行ったんだべ?」
「さぁ?」
扉が開き、飯田はその手に抱えきれないぐらいの写真をドサッと机に置いたのだ。
「か、圭織?」
怖る怖る保田が声をかける。
「なに?」
「これ、吉澤と行った時のだよね?」
「うん」
「・・・・・・しゃしんみたいなのれす」
「いや、これ写真でしょー?」
辻、加護がその山の中から一枚取り出してこねくり回してるが、
まさしくそれは高画質写真であり、手書きのイラストではない。
「絵じゃないの?」
「うん、印刷したの」
どうやって?
ますます深まる飯田の謎。
そんな様子を松浦が天井から覗いていた。
(飯田さんにあんな機能がついてたなんて・・・・・・)
あんたも十分、怖いがな。


吉澤が廊下を走る。
今日は『格闘技通信』発売日だ。
あやうく忙しさに忙殺され買い忘れるところだった。
「待っててねーーーーー」
そんな100Mスプリンター並の速度で走っていく吉澤に近付く影。

  シャァアアアアアアアアア!!

荷物運搬用の台車に乗ってるのは、村田と大谷。
それを押してるのは柴田。
吉澤も相当な速さだが
それにグイグイ近付いてるこっちの速さは尋常じゃない。
どんどん差が縮まっていく。
「ん?」
吉澤が異変に気付いた時には遅かった。
邪魔する者は全て轢き殺し
社長秘書軍団を乗せた台車が目前に迫っていた。
「うわぁおぉおおおおおおおお!!」




うつむいた顔。
無言の空間はその重圧に押し殺されそうなぐらい息苦しい。
それを撃ち破るように口を開いたのは、辻の方だった。
「なにしてるんだろうね」
石川はその問いに反応出来ない。
意味もなく、その個室にいる2人。
ここは、中澤と2人の場所だったはずなのに
今、ここに中澤は来なくて代わりに辻がいた。
「ののは、中澤さんに言われて来たの?」
「梨華ちゃんがいるからって・・・・・・」
理由は分からない。
分かってるけど認めたくない。
涙が溢れ出す。
別れの言葉なんだと思う。
きっとそうなんだと思う。
「梨華ちゃん・・・・・・」
辻の声が酷く耳に残る。
だけど、今、この悲しみを辻に向けるのは辻に悪い気がして
石川は個室から逃げ出そうとした。
「梨華ちゃん!」
力いっぱい叫び
石川の細い身体を抱き締める辻。
「離して!」
「やだ!」
「離して!!」
「いやらもん!!」
ハッとして、辻を見た。
泣いていた。
辻のふっくらとした頬を濡らしていた。
「なんで泣いてるの?」
「わかんない」
「離して・・・・・・?」
「やだぁ」
まるでだだっ子のようにそう言う辻に負け、石川は座り込んだ。
「りかちゃんがぁ、、なかざーさんをすきれもぉ
 ののはいいから、いっしょに、、いてくらさい」
胸に突き刺さる言葉。
耳から入ってきたその言葉は何度も何度もリフレインする。
まるで自らに警鐘を打鳴らすように響き渡る。

『私は中澤さんが好きです・・・・・・
 矢口さんを好きな事も分かってます。
 だけど、こうやってされるの嫌いじゃないから
 せめて、私を抱き締めてくれる人が現れるまで、、、』

(中澤さんは知ってたんだ、ののが私を好きな事)
ループする思い。
石川は中澤なりの優しさに気付く。
それじゃなきゃこんな事しない。
そっと優しく辻の身体を抱き締めた。


(そろそろ終わったかいな?)
中澤が時計を見ながら廊下を歩いていく。
全てが仕掛けた事。
少し胸が痛む気もするが自業自得。
そんな事を思いながら天井を見ると
頭が突き刺さった人がブラ下がっていた。
「はぁ?」
よく見ると、自分の目の前は悲惨な状況になっていた。
とりあえず、このブラ下がってる人の脚を引っ張ってみると
抜けそうだったので、グッと力を込めてみた。
落ちてきたのは、吉澤ひとみ。
「よ、吉澤、どないしたんや!?」
答えがない。
後ろで足音がした気がする。

  ゴンッ!!

続く鈍い音




数日後・・・・・・
「あくどいなぁ、あいつら」
寺田は松浦から送られて来た最新ホットピクスに目を通す。
超小型カメラで撮影された吉澤ひとみ、中澤裕子惨殺の真実。
はっきりと秘書軍団の姿が映っていた。
ここまで来ると、明らかに犯罪だが
社長の権力で記事は揉み消されていた。


今回の任務の適任者とトップを失った第13編集部は
騒がしい所じゃない事態に見回れていた。
「どうするのよ!」
「期日はいつなんですか!?」
「あ、明日よ・・・・・・」
「えぇーーーーーっ!!?」
「ど、どないしよ!!」
加護もあわてすぎて関西弁に戻ってるし。
そんな中、1人動じてない人がいた。
目をこすりながら、ゆっくりと上半身を起き上がらせる。
「んー・・・・・・」
後藤真希。
「ごっちん、どうしよ!!
 よっすぃーと中澤さんが殺されちゃったの!」
「へぇ・・・・・・」
「驚き薄っ!」
「でね!!よっすぃーが明日までに記事を書かないと第13編集部つぶされるの!」
「そうなんだ・・・よっすぃーいないんでしょ?
 書けないじゃん。」
ものすごく冷静に言い放つ後藤と、ものすごく興奮している石川。
「それでどうしようか話してたの!!」
「・・・・・・じゃぁ、私が書くよ」
吉澤の整理整頓されてたはずの机の上の
(飯田が載せた写真だとかここぞとばかりに経費で落としたビデオとかが山積みになっているせいで、汚い)
一番下から原稿を取り出した。
書きかけの原稿。
後藤は自分の机の上を見たがペンの一本もなかった。
「これ使いなさい」
保田が差し出したのはいつも彼女の胸ポケットに入ってる万年筆
「ありがと」
受け取り、蓋を開く。
インクの匂い。
息を吐き、筆を置く。

  ビリッ

「・・・・・・」
紙が破けた。


そんなこんなで約束の日は来る。
寺田の前に出された二つの記事。
社長秘書軍団は村田と柴田。
第13編集部は飯田と保田。
「ほな、読ましてもらうわ」
寺田は順々に目を通していく。
その姿はどことなくオーラを発しており
出来る男の匂いを出している。
数分の出来事。
(これで私達の運命が決まる・・・・・・)
保田はゴクリと息を飲んだ。
「そやなぁ、両方ともそれなりに味があっておもしろかったんやけどな」
「!?」
「どうなるですかぁー!?」
「この際だから、自らの手で決めてもらおうか」
寺田が居た場所からモクモクと煙が吹き出す。
「なに!?なんなの!!?」
「柴田、逃げるわよ!」
突然の状況に秘書軍団も混乱してる
寺田の声がスピーカーから聞こえる。
『それでは皆様、東京ドームの地下で会いましょう、チャーオ』


『レディース&ジェントルメーーーン!!』
蝶ネクタイをつけたマッシュルームカットの男まことがマイクで叫ぶ。
ただそれだけで狂喜乱舞したように騒ぐ観客。
東京ドーム地下6階。
まるで某有名格闘マンガのようだな・・・・・・
「なんだ、こりゃ・・・・・・」
「すごいれすねぇ」
「こら!のの、砂遊びしちゃダメ!」
その中央には砂地の闘技場。
第13編集部の面々と社長秘書軍団、それに寺田もいた。
まことからマイクをもらった寺田が説明した分には
『ガチンコで記事掲載権を獲得しろ』との事で、
要はここで喧嘩しろとの事なのであろう。
秘書軍団は勝ち誇った様子、なにやら秘策でもあるらしい。
しかし、こっちには肝心の吉澤がいない。
さて、どうしたものか・・・・・・
「かっけぇーーーーーーーー!!」
「!!?」
振り向けば、奴がいた。
頭の包帯がものすごく痛々しいが、それは間違いなく吉澤ひとみである。
その後ろには中澤もちゃんといる。
「よっすぃーー!!」
「中澤さん!死んだんじゃなかったんですね!」
中澤がツカツカと寺田に近付きマイクを奪う。
「その勝負受けたろうやないかぁっ!!」
怖すぎる。
その一言でまるでこの部屋自体が揺れるような怒号と化す。
秘書軍団は柴田、第13編集部は当然吉澤が残る。
「よっすぃ・・・・・・」
石川は胸の前で手を組み、祈る。
吉澤の目はキラキラしてた。
しかも、柴田じゃなくて観客を見回してる。
(徳川のジッチャン、どこ!?)
そんな場合じゃないぞ、よっすぃ。
柴田は一気に間合いを詰めていた。
(はやっ!)


最初の一撃は真横から降り下ろされた掌打。
吉澤の体格のいい身体が横に揺らぐ。
柴田の細い身体から放たれたとは思えないぐらい重くて力強い一発だった。
(なるべく喰らわないようにしなきゃ)
サイドステップで身体を入れ替えていこうとするが、
まるで全てを見切ってるかのようにそれに合わせてついてきてしまう。
(うまいなぁ)

  キュッ

吉澤は足の指で砂を摘む。
柴田の目をめがけて、蹴りを撃つ。
パァッと広がり、柴田の身体がくの字に曲がる。
(チャァーンス・・・・・・!?)
一歩踏み出した時に異変に気付いた。
目の前に柴田はいない。
それだけじゃなく、自分の首に後ろから近付く気配。
(絶対こいつただの秘書じゃないよーーーー!)
首に絡み付いてくる腕。
対処するヒマもないほど、早くスリーパーが入った。
頸動脈が圧迫され、見る見る内に吉澤の顔色が変わっていく。
「シャァアアアアアアアア!!」
柴田の身体が浮き、一本背負いのごとく前方に投げられていく。
そのまま浴びせるように自らの身体ごと落ちていき首に巻き付いた腕をはずした。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
(おかしい、、、ただの編集部ものだったはずなのに、、、)
目の前の敵の人間を超えた攻撃にグラップラーひとみは戸惑っていた。


辻と加護が観客の波をかき分け
反対方向のコーナーへ近付いてく。
事の始まりは飯田の一言
「電波が・・・・・・」
「電波?」
「電波が飛んでる」
どうやら交信中に謎の電波が紛れこんだらしく
飯田はその発信元まで付き当てていた。
それが反対コーナーだったのである。
「加護さん、見つけましたよ」
「なにをですか、辻さん」
「あれですよ、あれ」
「おぉぅ!あれはもしかしてプ○ステ2のコントローラー!」
村田が必死になってボタンを押してるのはまぎれもなく
プ○ステ2のコントローラーだ。
「やらせてほしーのれす」
「こ、こいつら!?」
慌てふためく秘書軍団。
「やらせてーなー」
「ダ、ダメよ!」
「やらせてーやらせてぇーーーー」
「どっかいけーーーー」


秘書軍団は格闘技場を逃げまどうが
辻と加護は思ったより強情でどこまでも追ってくる。
その間も真中では吉澤と柴田は戦っていた。
「リーダー!入力しないと技が!!」
大谷に言われてパニクった村田は斎藤にパス。
「えぇ!技表持ってないですよ、私!!!」
斎藤は大谷にパス。
「あぁああっ!なんかボタンがいっぱいあるよ!!」
大谷から村田にパスしようと投げられたコントローラー。
「だっしゃぁああああ」
「のぉおおおおおおお」

  パシッ!

そこに出くわした観客は後々語った事には
「人間魚雷ですよ。ええ、本当に見事な。
 真直ぐに飛んで、完全な姿勢でしたね、あれは」
観客席につっこみながら、加護は立ち上がり辻の元に戻っていく。
「で、これどうすんの?」
「さぁ?」
目を戻せば、秘書軍団がこっちに向かってきている。
とりあえず、逃げ!
「きゃぁあああああ」
「楽しいーーーーーーー」
「待て、このガキがぁあああああ!!」


加護はとりあえず適当に昇竜拳のコマンドなんて入れてみた。
柴田が吉澤の顎に昇竜拳をブチ当ててる。
続いて、辻が竜巻旋風脚のコマンドを入力。
柴田の足のふくらはぎ部が開き、ジェット噴射!
ま、回ってる・・・・・・
「えーとぉ、どうするれすか?」
「どないしよ」
「とりあえず、パスしようか」
「そやな」
「パースッ」
辻がパスしたのは、そこにいた馬。
・・・・・・馬?
「ヒヒーン」
「り、りんねちゃん、コントローラーが・・・・・・」
「私、知らないよ!」
馬が持て余して後ろ蹴りで吹き飛ばしてしまった。
見事なアーチを描き、コントローラーは反対側へ。
秘書軍団が慌てて、それを取りに行くのを見て辻と加護も走る。
「競争!」
加護さん、胸揺れてますよ。


で、肝心のコントローラーは山崎出版外商部海外担当の元へ。
「What's this!?」
「Oh!It's videogame's controrler!」
「Playstation?」
「Ahan」
「分からないよーーーーーー」
「ぷ、ぷりーず ぎぶみー」

  ズザァアアア!!

辻、加護参上
「ミカちゃぁーん、それ貸してーーー」
コントロールを持ってるのはレファ。
ふざけて、後ろに隠したりしてる。
ミカと呼ばれた少女は流暢な英語でそれを渡すように諭すが
そんな状況が楽しいのかレファは手を見せず出たと思ったら、隣に座ってるアヤカの膝の上。
「よこしなさい!」
「No!」
無理矢理奪おうとする秘書軍団と
反射でそれは阻止しようとする外商部。
コントローラーは勢いでまた飛んでいった。
「ど、どこ!?」
「どこれすかー?」
「あれ!!」


  ヒューーー、ガッ!!

「痛っ!!」
矢口真里は頭を押さえる。
なにやら固い物が頭を直撃した。
床に転がるその衝突物。
「いったいなぁ・・・・・・」
一秒足りとも目の離せない攻防が続いてる中央。
(よっすぃーかっこいいなぁ。
 ってこれ、なんのコントローラーだろう)
なんとなくボタンを押してみた。
柴田がパンチを出してる
(えっ!!?)
呆気に取られたような表情。
そりゃそうだ。
偶然かも知れないが、自分がボタンを押した事によって柴田がパンチを放ったのだとしたら
これはとんでもない事である。
もう一回、押してみる。
次はキック!!
(なんじゃこりゃぁあ!?)
矢口は周りの誰にもその事が言えず混乱していると今度は秘書軍団と辻加護がやってくる。
「渡せぇええええええええ」
「矢口さぁーーーーーーーん!」
こういう時は知り合いにパス!
したと思ったのに、勢い余った連中はそのままつっこんでくる。
「がふぅうううう!」
矢口の身体が吹き飛んだ。
「矢口さん、ありがとぉお」
「ありがとなのれすぅ」
「てめぇ、今年ボーナス無し!」


コントローラーを持ってる加護の腰辺りに大谷がタックル。
コントローラーが手からはずれ、宙に浮く。
「今だ!」
村田が手を伸ばす。
しかし、辻がその村田の肩を蹴り飛ばしキャッチした。
バレーの回転レシーブの要領で着地したが
運悪く秘書軍団に囲まれる結果となる。
「さぁ、おとなしく渡すのよ」
「やだもんねぇ」
力づくで奪い、キーを押す。
しかし、柴田は反応しない。
「ちょ、ちょっと壊れたんじゃない!?」
「どうするの!?」

その頃、中央でも異変が起きていた。
柴田が動かなくなったのである。
第13編集部の面々は吉澤が倒したものとばかり思っていたが・・・・・・
「結構、複雑だったね」
飯田がポツリという。
「圭織、、なんかやった?」
「うん。頭の中をちょっと」
「・・・・・・怖ぁ」
頭から流血はしてるし、腕とかあばらもやられてるであろう
吉澤の方はというと警戒していた。
それは倒れてるフリなのではないかと。
(勝ったのかな?)

「えいっ!!」
秘書軍団、渾身の一押し!
「ロケットパンチ!?」
吉澤の顔面に炸裂した必殺ロケットパンチでK.O。
こうして、戦いは幕を閉じた。


数日後、発売されたDIVAには記事が両方とも掲載され
さらにはこの珍動までバッチリ入っていて
その売り上げたるやとんでもない事になってたらしい。
一方、第13編集部の方はというと
吉澤に届いたファンレター、ラブレターの類の整理に追われていた。
「それにしても、負けたら全員解雇とかじゃなくてよかったわよね」
保田が言う。
「え・・・・・・そんな話してたっけ?」
中澤は初耳なようだ。
「そういうんじゃなかったっけ?」
安倍も分からないらしい。
「本作れないからこんな仕事してるんじゃないんれすか?」
「最初はどんなだっけ?」
辻加護に言われたので見てみよう。



 「いやぁ、社長のお気持ちも分かりますけど
  どないですか、ここは一つ俺の顔に免じて
  この話、俺に預けさせてくれませんか?」
 「はぁ?」
  中澤があげたすっとんきょうな声。
  そりゃそうだ。
  一体、何を言い出すのだ、この男。
 「うちで今、女性格闘家の特集やるんですわ。
  それで、第13編集部の吉澤と
  社長のお気に入りの記者に記事を書かせて
  勝負させるっての、どないすか?」
 「よ、吉澤かぁ」
 「どうするの、裕ちゃん」
 心配そうに中澤を見る部下2人。
 中澤の脳裏にはさっき電話をしてきた保田の声が聞こえた。
 人一倍責任感が強くて、記者という仕事を愛してる
 あの子がうろたえて、震えた声で電話をしてきた。
 「受けてたってやろうやないか」
                            』

「誰も第13編集部解散なんて言うてへんがな」
「じゃ、誰が言い出したんだべ?」
「・・・・・・誰?」


部屋の隅でガタガタと震える影。
石川梨華。


 「ごっちん、どうしよ!!
  よっすぃーと中澤さんが殺されちゃったの!」
 「へぇ・・・・・・」
 「驚き薄っ!」
 「でね!!よっすぃーが明日までに記事を書かないと
  第13編集部つぶされるの!」
                          』

「うちらが死ぬとか言う話になったのもお前のせいかぁあああ」
「ごめんなさぁあいぃいい」

合掌。


吉澤が病室のベッドで外を見てた。
その隣では後藤が林檎を剥いている。
「秋ですねぇ」
落ち葉はらり。
「あの木の葉っぱが全部落ちたら、、、」
「そんな事言わないの、、、」
「そうだね」
重い雰囲気。
そんな話だったか?
「ごっちんが記事書いてくれたんだね、、」
「ちゃんと書けてた?」
「うん」
「よかった・・・・・・」
見つめあう2人。
そっと近付いて・・・・・・
「よっすぃ、、、」
「ごっちん、、、」
後藤の手は布団の中に伸びる。
「なーんちゃって」
「あははははは」




「そんなんは別にええんやけどな」
一方、こちらは夜のバー。
中澤の隣で矢口が寝てる。
安倍もうつらうつらしてる。
「なっち」
「んぅ?」
「もう帰るで」
「うん」
金を払い、店を出る。
ちょうどよくタクシーは止まった。
「私、この子送ってくから、乗ってき」
「ありがと、、じゃぁ、矢口よろしくね」
「うん」
タクシーのドアが閉まる。
中澤は壁によりかかり眠たげにしてる矢口を見た・・・・・・
「矢口・・・・」


涙がこらえれない。
溢れ出して、ポタリと落ちればスカートを濡らす。
タクシーの運転手も気になってるようだが、声もかけれないぐらい泣いていた。
安倍の身体は震えていた。
言えない。
たまには、我侭を言って中澤を困らせたり前なら出来たのに
今、矢口を見て優しく微笑む中澤を見たら
もうその人は自分の横にいないんだと思い知らされてるようで
さっき飲んでる時もそんな言葉が胸を締め付けていて
そんな自分が嫌で
そんな思いが嫌で
無理矢理、酒を飲んだ。
・・・・・・華やかな街並
艶やかなイルミネーションが今は痛々しい。




シャワーを浴びて、タオルをその身体に巻き
現れた石川梨華からはえも言われぬ色気が出ていた。
その目はベッドの中にもぐり込んだ彼女を見ていた。
「のの」
名前を呼ぶ。
目だけを覗かせてる。
ベッドの端にゆっくりと腰掛け
タオルを外して
布団の中へ足を入れる。
触れた肌と肌。
「り、、か、ちゃん、、、、」
辻の声が耳元で鳴る。
なんて可愛らしくて甘い声。
入り交じる期待と不安。
「キス・・・・・・しよっか」
辻の目に映るのは頬に髪がかかった淫媚な姿。
心臓がドクッっとなる。
石川の顔が近付いてきて粘膜と粘膜が触れあう。
そこから生まれる言葉にはならない何か。
少なくとも自分より経験豊かなその手の持ち主は
器用に身体をなぞっていく。
このまま快感の海に落ちてしまえたら
どんなに幸せか・・・・・・

窓の外には雪が散らつき始めた。




第四章 plastics

目が覚めると、そこは知らない人の部屋。
だけど、耳から聞こえるその声は知らない人ではなく飛び起きた。
「おはよ」
朝のシャワーを浴び終わった中澤裕子がいた。
「え・・・・・・ここ、どこ?」
「私の部屋やで。あんたの家、知らんから」
矢口はまだ眠ってる目をこすってよく部屋の中を見た。
センスのよい家具。
必要以上の物は置かず、物凄く整理整頓されていた。
ソファに毛布がかかってる。
「あ、布団・・・・・・」
「あぁ、別にええんよ。いつもの事やから」
服を見ると、かわいらしいネグリジェに着替えられていた。
「・・・・・・脱がせた?」
「しゃーないやん。自分で脱ぎだして途中で寝てもうたし」
コーヒーの匂い。
「矢口はコーヒー飲まれへんよな?」
「うん」
「紅茶でええか?」
「うん」
昨夜、自分が着てたスーツは綺麗に畳まれている。
今日が休みでよかった。
頭が少し痛い。


「水の方がええかな?」
「水がいい・・・・・」
ベッドからはい出して、ソファに寝転ぶ。
なんか居心地がいい。
まるで何度も来た事があるように身体がその風景に馴染んでいる。
「はい」
「ありがと」
水を持ってきた中澤が隣に座った。
彼女は自分の顔をじぃっと見てた。
「な、なに?」
「かわいい」
「なんも出ないよ」
「じゃ、溢れさせたろか?」
中澤の顔は真剣でふざけてるようにも思えず、
胸を締め付けるような思いだけが突き刺さってくる。
「裕ちゃんって呼んでみ」
「ゆ、、ゆうちゃん」
その後、中澤はフッと力なく笑っただけで何もなかった。




安倍なつみはあまり軽やかでない足取りで街の中を歩いていた。
降っては溶けていく雪。
もうこの時期なら地元北海道は真っ白なはずだ。
デパートの中に入る。
どこもかしこもクリスマスの準備が始まっていた。
白地に金色の文字が踊るような雰囲気。
エスカレーターを昇り着いたのは、おもちゃからバスセット、文房具
食器、洗面道具、化粧品など様々なおもしろいグッズを取り揃えた大きなお店。
キョロキョロと辺りを一望して目当ての物を見つけたらしい。
手に取ったのは、小さい真っ白なツリー。
一人暮らしをするようになって片付けるのが面倒でそんなもの買いもしなかったのに
今年の冬はそんな物の一つもないと押し寄せる悲しみに負けそうで急に欲しくなってしまった。
ツリーの飾りを選んでいくその指が少し震えてる事は誰も知らない。




「中澤さぁーん、これでいいですかぁ?」
加護がニコニコしながら記事を持ってくる。
受け取り、目を通してみるが、まぁ、それなりに書けている。
少なくとも、最初に出した時よりはレイアウトも上手くなってるし情報の量もちょうどよい。
「これ、ええな」
「どれですか?」
加護が好んで書くのは、ファッションの事
自分の好きなブランドの事だけでなく
地域に密着した仕立てさんやら
古着屋の店長へのインタビューなど
読者に近い感覚の記事が書けるのは
大きな力と言えるだろう。
「うん、OK」
「やったぁ」
嬉しそうに席に戻っていって
まだ出来てない辻の奴を手伝おうとしてる。
そんな光景を見て、中澤は微笑んだ。
(人事の過小評価だったの?)
こちらは天井裏の松浦亜弥。
第13編集部の様子を覗いて、早三ヶ月は過ぎようとしていた。
彼等の仕事ぶりを細かく調査し、実際の記事も目を通した。
正直、驚いた。

第13編集部は、屑の掃き溜めなんかじゃない。

その理由は、部数に現れている。
300円という料金設定の割に多い記事。
その記事の中身もバラエティに飛んでいて、おもしろい。
確実に伸ばしてきていた。
松浦の携帯が震えた。
(はいはーい、メールが届きました、と。
 編集長からだ・・・・・・え?)


山崎出版で一番大きな会議室。
扉が閉まり、その空間は寺田1人になる。
苦虫をつぶしたような顔で
一発机を叩く。
「なんでやねん!」
たった今、この場で決められた事。
『中澤裕子、山崎出版富山支局長に』
一部の幹部と他の編集長レベルの人間がグルになり
数の力で反対する寺田を押し切った。
松浦に送ったメールが返ってくる。
(決定なんですか?・・・・・・
 大、大、大決定やちゅーねん)
タバコを一本取り出した。
火をつければ、たちまち眼前に煙が立ち上る。
寺田の脳裏に浮かんだのは、あの日の事。


「な、ちょっとそこで休んでいかへん?」
後輩の女の子を酔っぱらいエロ課長状態の中澤裕子が
ラブホテルに誘い込もうとしてる。
「やめや、姐さん!恥ずかしいで!!」
それを引っ張って、とりあえずその場から逃げ出そうとしてるのは、平家みちよ。
「あはは、ええやんか。中澤はうまいでー」
タバコ片手にその様子を見て爆笑してる寺田尽人。
DIVAの前身であるmorning cafeという雑誌を企画した
山崎出版若手エリート3人が顔を揃える。
それまで今一つパッとしなかった山崎出版は
この3人が吹き込んだ活力が元となり
急成長していった。
編集長寺田尽人。
時代を見抜く力。
そして、そこに切り込んでいく強さの持ち主。
ライター平家みちよ。
多彩なボキャブラリィ。
森羅万象、様々な事に通じる知識の持ち主。
アートディレクター中澤裕子。
人情と信頼。
一緒に仕事のした事のある人間じゃなくても
例えば横で酒を飲んだとしても
誰もが彼女の人の良さは分かってくれる。


それまでにも様々な若者向けの雑誌が存在したが、
3人の作ったmorning cafeは次々と新たなムーブメントの発端を作りだしながら最初に宣言した5年間の活動を停止。
それぞれに部署を与えられたのだが、中澤だけは入社してからの犯罪スレスレの淫行を咎められ事実上の左遷状態。
使えない女子社員の巣窟 第13編集部局長となったのである。

「ちわー・・・・・・」

  ガチャ

ドアの果てから錆びていた。
鈍い音がして、グルリと回るドアノブは今にも取れそうで
そっと押すと、蛍光灯の何本かは切れていて部屋の中は薄暗い。
「誰だべ?」


そこには、少女が1人座ってた。
白い肌。柔らかそうな頬。
そして、今にも壊れそうなぐらい綺麗な目。
「あー、ここの局長になった中澤やけど・・・・」
「あっ!あ、安倍なつみです!!」
立ち上がって、頭を下げ、そのままの勢いで給湯室に向かう彼女。
「お茶煎れますね!、、、きゃぁあ!!」
何もないところで転んだ。
「だ、だいじょぶか?」
「え、あ、はい!」
目が合った。
その奥に見える純真な心。
「かわいい・・・・・・」
「へ?」
「あんた、ちょっと笑ってみ」
少しぎこちなかったが、満面の笑みを見せる。


「局長命令や、笑っとき、いっつも。」
「はぁ・・・・?」
その時、安倍はその言葉を理解できなかったが
仕事もしないで中澤と過ごす日々は、今まで暗いこの部屋で1人過ごしてた時より何倍も何十倍も楽しくて自然に笑ってた。
年末にはさすがにこのままの部屋ではダメだと大掃除して少しずつメンバーは増え・・・・・・

そんなある日、寺田は中澤を飲みに誘った。
「どないやねん、最近。」
「あんた、売れてるなぁ。おごってや」
「なんで、おごらなあかんねん。給料もらってるやろ」
「ケチやなぁ」
そう言って、笑った中澤は
一緒に仕事してた時とまったく変わらない笑顔だった。
その時もタバコの煙は漂っていた。
自分のと・・・・中澤のと・・・・・・


「大丈夫やろ、あいつなら」
そうやって思い出してみれば
中澤裕子という女はどんな時も
どんな場所にいても、どんな局面でも
必ず自分を信じて、突き進む人間だった。
きっと大丈夫。
「なんとかなる」
まるで、自分に言い聞かせるように
そうつぶやくと、寺田は灰皿にタバコを押しつぶした。
携帯が鳴っている。
「おぅ、寺田や!」


矢口の前に中澤が立つ。
いつになく真面目な表情。
「元気?」
「まぁ」
「痛くない?」
「はぁ?」
「いやぁ、エロかったなぁ」
「はぁっ?」
「エッティやったでぇ」
顔を近付けてくる。
必要以上に大きな声でそんな事を言うもんだから周りにいた人は何事かと聞き耳を立てている。
「ちょ!なに、言うの!!」
「恥ずかしいか?恥ずかしいのんか?
 恥ずかしい声出して喘ぐんか?」
これじゃ只の変態である。
真っ赤になった矢口を見て、中澤は豪快に笑いながら手を振った。
「あ、タバコないわ」
「べぇーだ!!」
あっかんべぇー。
中澤裕子の背中に。
慌てた様子の安倍が走ってきた。
「矢口!裕ちゃんはっ!!?」
「ど、どうしたの、なっち?」


「裕ちゃんがいきなり飛ばされちゃうんだよ!」
「へ?」
「富山にっ」
安倍の顔は青ざめてて
今にも泣きそうで矢口は体を乗り出す。
その頬に触れる手。
「矢口も行く」
玄関を飛び出し
会社の前の道、左右を見ても、どこにもいない。
「どこ!?」
「分からない」
「なっち、分からない!?」
「・・・・・・公園」
中澤のサボリ場所。
会社の近くの公園のちょっと人目から見えないベンチ。
走って、安倍の後ろを必死でついていく。
煌々と太陽に照らされ
きらめく真っ白な雪の中
チャコールグレーのコートに身を包んで
中澤は1人、タバコを吸ってた


「なんや、来たんかいな」
「裕ちゃん!」
安倍は顔をくしゃくしゃにして抱きついた。
「風邪引くよ・・・・・・」
「ありがと」
ずっとにぎりしめてた真っ赤なマフラー。
泣きながら、中澤の首に巻いてく。
あの事は口にしない。
「なにつったってんねん、矢口ぃ。
 そんな格好でおったら寒いやろ。
 こっち来、あっためたるから」
少しきつめの関西弁。
毎朝、毎朝、なにを思ってかかけられた
セクハラまがいの言葉の数々。
いやでいやで仕方がなかったのに
いつの間にかそれがなきゃ寂しくなっていた。
こんな時代に生まれたから
誰かを信じたり
誰かに頼るのが
なぜか恥ずかしくて
誰かに優しくされてるのに
素直になれなかった。
「裕ちゃん・・・・・・」
矢口真里が踏み締めたその足跡には
色々な感情が籠ってる。
「なっちもあんた、手冷たいやないの。
 ほら、手袋履いて」
泣きじゃくる2人の少女の頭を撫でる中澤の顔も
次第に歪み、涙が零れた。


「嘘だよね?」
石川梨華はつぶやく。
掲示板にはり出された。
突然の人事。
隣に立ってる辻は無言でその手を握った。
「嘘だよね、のの?」
「嘘じゃ、、ないれす」
「嘘じゃないのかなぁ」
「嘘じゃないれす」
「嘘じゃ、、、、ないんだね」
「嘘じゃないれす」
「嘘だったらいいなぁ」
「嘘じゃないんれすよ」
「嘘、、、、、」
強張ってた石川の体から力が抜けていく。
「梨華ちゃん?」
辻は石川を見る。
唇を噛み締め、泣くのを堪えてた。
それも限界に近付いて吐き出された吐息。
石川の手を引っ張る辻。
行くのはいつものトイレ。
ドアが閉まった音。
石川は辻の体を思いっきり抱き締める。
代わりでもいい。
今はその悲しみが抱き締められた自分の体を通り越し
中澤に向けられてても
そうする事で石川が楽になるなら
それでいいと、辻は思う。


石川が泣き止んで、第13編集部に戻ると
中澤はいつものように机に座ってた。
「あんたら2人でどこまで行ってんねん。
 トイレでエッチでもしてたんかぁ?」
いつもの中澤。
「ちょっと石川!お茶煎れてよ!」
保田が茶碗を振り回してる。
「は、はい!」
いつもの保田。いつもの石川。
「なっち、この色よくない?」
「はぁ、なんかじゃがいもみたいだべ」
いつもの飯田。いつもの安倍。
「zzz・・・・・・」
「よっしゃ、いけ!」
いつもの後藤。いつもの吉澤。
「のの、どれがいい?」
加護がいつものように手を差し出してきた。
その小さな手には飴玉が何個も乗っていて辻は無造作に一個取る。
口の中に広がる苺ミルクの味。
「おいしい?」
いつものように答える。
「おいしいのれす。」
「加護ちゃん、私にも頂戴」
2人の間を割るように石川が手を伸ばすと加護は逆に手を引っ込めた。
「あ、ちょっとぉー」
「梨華ちゃんにはあーげない」
「待ってよぉ、のの、なにか言ってー」
「飴、おいしいれすよ」
「・・・・・・そうじゃなくて」
いつもの第13編集部。
みんな分かってるから。


がやがやとうるさい居酒屋。
カウンター席に並んで、湯豆腐に手をつける。
「はいよ」
「あんがとさん」
空になったグラスにつがれるビール。
平家はそれを一口、口をつけてから切り出した。
「行くんか、ほんまに?」
「しゃーないやろ」
のうのうと言い放つ中澤の顔は迷いも何もない。
「なに、気取ってんの」
「気取らせてや」
「ほんまは弱い女のくせにぃ」
「うっさいわ」
「かわいないなぁ」
「・・・今日は朝まで付き合うてもらうか」
ニヤリと笑って、顔を近付ける中澤。
湿っぽい酒は旨くない。
平家も思わず笑ってしまって
グラスを倒しそうになって慌てる。
そんな瞬間さえ愛おしい。


午前4時。
平家と別れた中澤は1人、歩いていた。
会社の近く。
真っ白な雪が遠くに見える街並のネオンには似合う。
フッと足を止め、空を仰いだ。
頬に降り注ぎ、融けて
溢れ出す涙と交じり合い濡らしていく。
ポケットの中の携帯電話に手を伸ばす。
コール、1、2、3、4、5
『あい・・・・・・』
「やぐちぃ」
『ゆーちゃん・・・・・・?』
「酔っぱらってもうてん」
『ん』
「迎えに来てほしーんやけど」
『えー・・・・・・』
「歩けへんねん」
『仕方ないなぁ、どこなの?』
「あの公園にいるわ」
『分かった』
雪を踏み、公園の中に入って
ベンチに座って、ボーッとしてみる。
サボる時は、いつもここに座り
タバコを吸いながら、雲の流れを見ていた。
オフィス街に作られたこの公園は
人を癒すために作られたはずなのに
人々はその雲よりも早く流れ
少しよそよそしかった。
そんな光景を客観視できる環境は
中澤にとって重大な糧となり
考え込んで重たくなる頭をクリアにしてくれた。
だけど、こんな時間に人はいない。
タバコが少しいつもより苦く感じた。


「寒っ」
目と鼻の先にあるカフェにでも入ってればよかったと
今になって後悔したがそれも面倒でやっぱりここにいる事にした。
少し周りを見回してみる。
この風景を見るのもあと少し
この場所に居るのもあと少し
サボってると、安倍がやって来て
横に座って、2人で過ごした









そういえば、高校の時もサボって河原にいると
自分を慕ってた後輩の子もやってきて
何をするでなくずっと空を見ていた事があった。
もしかしたら、安倍にその子の姿を重ねていたのかもしれない。
「ゆーぅちゃん」
声が聞こえて、ハッとした。
「やぐち・・・・・・」
「かえろっ」
この子だけは特別なのだ、きっと。
最初はからかってるだけだったけど
眠る前の一瞬、彼女の顔が浮かぶようになって
どんどんハマッていた。
理由なんかはない。
彼女がいるだけで幸せだった。
中澤は矢口の方を抱き寄せ、立ち上がる。


朦朧とした意識が少しはっきりしてきて
寒いな、と思ったら、毛布を着てなかった。
2人用のソファ。
矢口真里は隣を見る。
中澤裕子がきっちり毛布を巻き込んで、眠っていた。
「・・・・・・もぅ」
毛布の端を引っぱりだし、体を潜りこませる。
中澤の体と触れ、その温もりが伝わってくる。
と、思ったら、彼女は寝返りを打って
毛布を全部持っていってしまった。
「もーーー、ムカつくぅ!」
安らかな寝顔。
自分が山崎出版の受付口に座ってる時に見せる
イタズラっ子のような笑顔も
フッと見せる妖艶な顔も
矢口の胸に刻まれてる。
「ズルいよ・・・・・・こんなの」

  kiss

重ねられる唇。
「ん・・・・・・」
中澤が目を覚ます。
「おはよ」
「・・・・・・!?」
「毛布ちょーだい」
唇が濡れてるのに気付き、
矢口を見つめる目。
「矢口・・・あんた・・・・・・」
自分から毛布を奪って温かそうにする矢口の
意味ありげな笑みに、また目をつぶって・・・・・・

そして、一言。
「好きやで、矢口」




終章 Train,Train.

駅のホームに列車が滑り込んできて別れの時を告げる。
第13編集部の面々、寺田、松浦、平家、矢口・・・・・・
「圭織、しっかりしぃや」
「圭坊、後、頼んだで」
「なっち、天使みたいな笑顔忘れんといてや」
「後藤、寝過ぎはあかんよ」
「吉澤、あんた浮いた話とかないん?」
「辻、お菓子は控えや」
「加護、いいもん持ってるからがんばり」
「石川、今度、うまいコーヒーの煎れ方教えてな」
寺田の前に立つ。
「がんばれよ」
「つんくこそがんばりぃ」
「その名前で呼ぶな」
その後ろに立ってる松浦を見る。
「その年でストライプのパンツはどうかと思うで」
「え!?」
次は、平家。
「また飲みにいこうな」
「うまい酒送ったるわ」
「楽しみに待ってる」
最後。
矢口の前に立った中澤の表情が少し翳った。
みんな心配そうにそれを見てた。
「あんなぁ」
「なぁに、裕ちゃん」
「一つな、忘れてた事があってん」
「なに?」
「うちぃ、矢口とエッチしてへんねん」
「はぁ!?」
「いや、これは心残りやろ!!
 セクハラ魔王中澤裕子としては
 せっかくのラブリー矢口を喰わないで
 遠くに行くのは惜しいねん!!」
妙な力説。
平家すらつっこめないほどの。
全員がそれに圧倒されていたその瞬間
中澤は小脇に矢口と荷物を抱えた。
「じゃ、そういう事で」
「え!?なに!!?降ろしてよ、裕ちゃん!!
 ちょ、マジ!え、ウソ!!なっちぃーー!!
 たーーーすぅけーーーーー・・・・・・」

  プシュー・・・・・・

列車の扉が閉まる。
窓から泣き顔の矢口と
爆笑してる中澤の姿が見えた。
タイミングよく、ベルが鳴り、警笛の音も聞こえてきた。
発車する列車。
中澤が手を振ってる横で名残りおしそうにずっと窓に張り付いてた矢口。
「行っちゃった」
中澤裕子の矢口真里へのセクハラは続く。

fin






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