nightmare』


『Buttefry's sleep』

私の名前はない。
親もいない。
記憶にある時には既にこの屋敷で
今、目の前にいる少女マリと一緒にいた。
私の肩ほどまでも背のない彼女は
私の御主人様。
彼女は私の事をヒトミと呼ぶ。
彼女の父親はお金持ちで
偏屈な彼女の遊び相手に
借金の方として身売られた私を買い
宛てがったらしい。
そう、この身体、全て
マリの物。
しかし、彼女は私にまるで
家族同然のような顔をする。
だけど、時として
私はモノ以下に扱われる。
『キレイだよ、ヒトミ。
 性別を超えた身体。
 まるで異国の人のような端正な顔。
 美を超えた完全な存在』
彼女は微笑む。
身ぐるみをはがれ、
彼女の部屋に作られたプレイルームで行われる痴態。
彼女の性癖。
人体改造。
彼女の父親がその癖に気付いたのは
本当に幼い頃で
それ以来、彼女はこの館に閉じ込められた。
そして、私も彼女のおもちゃ。
生きながら、両方の性別を手に入れた者
造られたアンドロギュヌス。
でも、別に後悔はしない。
生きているから。


だけど、雨の降る夜などは
自室のベッドの上にいると
急激に寂しさが襲ってきて
不安になる。
一体、私のどこが完全だというのだ
この膨らみかけの胸や
股に生えた肉塊は
ただの性という欲望の対象。
どこが綺麗だというのだ。
分からない。
分からない。
生きながら、
死んでいる。
そんな気分が
私の胸を抱き締め
殺そうとしてくる。
そんな時、マリはいつも
フラリと部屋に入ってきて
ベッドに潜り込み
一緒に寝ようとする。
こんなに不安にさせてるのは
彼女だというのに。
少しそのままでいると
彼女は手を伸ばしてくる
「ヒトミ・・・・・・」
洋服をくぐり抜け
滑り込んでくる指。
乳房の上をゆっくりと撫で
自分の方に抱き寄せる。
私は反抗も声も出さず
ただその遊びに付き合う。
マリの指は優しく乳首に触れた後
腹への線をスーッと辿っていく。
下着をつける事は許されていない。
「おっきくなってる・・・・・・」
耳元でささやかれる言葉
それにすら反応してしまう肉棒。
自己嫌悪にすらなりそうだ。
どうして私はこんなに淫らなのか。
マリの声一つで興奮してしまう。
少し冷たい手が触れ
ビクッと反応する。
「気持ちいー?」


「ふっ・・・・・・んぅ・・・・・・」
ゆっくりとスライドされると
声が漏れる。
蹂躙される身体。
布団の中で私の肢体を跨いでいくマリ。
柔らかくて暖かい物が肉棒にまとわりつき
ズルッと音を立てた。
「ふぅんっ・・・・・・」
「うぁあ・・・・・・あぁっ」
別な生き物のごとく私の男性器をねぶる舌。
布団をはね除けると
淫微な表情のマリが見える。
赤くした頬。
口元から垂れた唾液が厭らしい。
空いた手で肉棒の下に位置する
濡れた女性器に指をねじ込む。
「ひあぁああっ」
腰が跳ね上がる。
マリの嬉しそうな顔。
私は声を荒げ、見悶える。
なのに、マリは指を速め
身体の奥へと突き立ててくる。
「んあぁっ!あぁぁっ!!」
「イっちゃう?」
私は力強くうなづく。
その瞬間、放出される大量の精液。
身体の内部に埋め込まれた睾丸を
薬で活動を活発化させてるため
尋常ではない量が出
マリの顔を汚す。
そうやって造られたから。
マリの顔を汚すために
私の股には男性器がついてるし
こんなに多くの精を迸るのだ。
いつの間にか不安は消え去る。
そう、自分を求めてくれる人がいる。
ただこの人のために生きてればいいんだ。


ある日、本を読んでると
階下からマリが自分を呼ぶ声が聞こえた。
「はい?」
「降りておいで」
彼女は私が望むとなんでも買ってくれた。
どんな部屋も好きに使わせてくれたし
不自由はなかった。
ただ・・・・・・
私はこの館を出た事はない。
檻に閉じ込められた小鳥。
リビングに行くと
彼女が選んだ洋服などが並んでいた。
幸い、雑誌などを買う事も許されていて
彼女ともセンスが似ていたから
あまりはずれなんてことはない。
例え、はずれであろうと
私は彼女の持ち物なのだから着るしかないのだが。
その中からマリは一着選ぶ。
拘束具。
黒のエナメルは昼の光を浴びて
ぬらりとした光を放つ。
緩やかに締め付け
最後の点検をマリがする。
「やっぱヒトミぐらいの肉感がある子は似合うね。
 こいつじゃ無理だ、キャハハハ」
「・・・・・・」
マリの隣に立つ家政婦の格好に首輪をつけられた少女
名前はナツミ。
私と同じマリの持ち物。
幼き頃からマリの世話をまかされている。
ぽっちゃりとしていて
純真そうな瞳は
今日も潤んでいる。
一度だけ彼女の裸を見た事がある。
幾筋も走る赤い痕。


シンと静まった夜中聴いた
乾いた鞭の音。
絶対にマリは私に鞭を打たない。
あの音はナツミが調教される時の音。
私の唇を塞ぐマリの唇。
漏れるのは、吐息。
「立っちゃうんだもんね、ヒトミは」
「はぁっ・・・・・・」
まるでパブロフの犬。
キスをするだけで立ってしまう。
悲しい習性。
細めのジーンズの前部分が痛々しいぐらい膨らんでいる。
「したい?」
「はい・・・・・・」
「だめー」
「え?」
「だって、今、出したら
 あとで薄くなるもの」
キスしたくせに。
ずるい人。
ナツミの視線に気付く。
私の股間を見て
彼女も興奮していた。
だけど、私達が交われるのは
マリが望んだ時だけ。
「さ、他の着てみよっ」
マリは笑う。
なんて明るい笑顔。
私はこの子のために生かされてる。


トントンと扉を叩く音。
私は扉を開ける。
ナツミが御盆を持って立っていた。
「お、、お薬です」
震えた身体。
「大丈夫ですか、、、?」
「はい」
紅潮した頬が
何かされてる事を
明確にする。
「お話しませんか?」
私から誘う。
きっとマリはお風呂に入ってる。
少しの時間
ベッドに座るナツミ。
豊かな胸
柔らかそうな腰回り。
男としての自分が暴走しそうになる。
「ヒトミさんは幸せですか?」
突然の質問に言葉を失う。
なんて答えたらいいか分からなかった。
「私は・・・・幸せなんです。
 マリちゃんが本当にちっちゃい時から
 一緒だったから」
そういう彼女の横顔に偽りはない。
「私は彼女を愛してます」
「私は・・・・・・」
言葉を続けれない。
私は彼女が好き?
私は彼女の所有物。
違うの?
ナツミを呼ぶ声
「じゃぁ、また」
走り去るように部屋を出てく彼女。
私はつぶやく
「私は・・・・・・なに?」


深夜
マリが部屋にやってきた。
私は読書をやめ
彼女の相手をする。
何も言わず、ベッドに横たわるその肢体は
私の方が年下なのだが
とても幼く見え
またそれが逆に興奮を誘っていた。
私は言われるまでもなく
彼女のネグリジェの中に手を伸ばす。
1人でしていたのだろうか
熱くなっていた。
足を拡げさせ
指で肉壁を押し広げると
生々しい女の匂いがした。
ツーッとその筋をなぞり
舌で触れる。
鼻元に漂う香り。
頭がおかしくなりそうだ。
ズボンの中のモノはすでに大きくなってきていて
それがむずがしい。
今日のマリは身体を入れ替え
それを処理しようとはしてくれない。
マリの手は私の首の方に伸び
力いっぱい抱き寄せ
奪うようにキスした。
「んぅう」
「はぁ・・・・・・」
「立ってます・・・・・・」
「知ってる」
「・・・・・・」
「抜きたい?」
妖艶な笑み。
私はうなづく。
私の腰にからみつく足。
そして、一気に身体が反転して
上下が入れ代わる。
腕で肩口を押さえ込まれ
私は身動きを封じられた。
彼女のされるがままになるしかない。


ベルトに手をかけ
それをはずし
彼女は何を思ったのか
私の首に巻いた。
「ヒトミはマリの物だよね?」
「はい・・・・・・」
確認の行為。
時として行われるそれに意味はない。
当たり前の事なのに。
でも、マリにとってみれば
それはものすごく何か意味のある事なのかも知れなかった。
私はただ抱き締められればそれでよかった。
ベルトの首輪の端をつぶれるほど握り
マリに引きづられ、部屋を出る。
四つん這いで廊下を歩かされる恥辱。
冷たい木の板がさらけだされた身の存在を明確にする。
廊下の壁に背を押し付けられ
腰を落とされる。
マリの冷えた足の指が
グニグニと私のいきり立った肉棒を刺激する。
「ひぐっ!」
いきなりの痛覚に私は呻く。
思いっきり踏みつぶされた。
まるで子供がアリでもつぶすように
足の裏全体で。
「えいっ!えいっ!!」
「ぐくうっ・・・・・・」
「えい・・・・・・」
弱まる声。
私は不安になる。
「マリ・・・・・・?」
上げた顔に喰らったのは、張り手。
頬に全力で張られた。
「っつぅう・・・・・・」
「うるさいっ!」
マリの様子は明らかにおかしかった。
いつもの行為ではなかった。
でも、私はその時かける言葉を知らなかった。
さらに数発殴られて
マリは走って行ってしまった。


「・・・・・・・・・・・・」
私はその場に座って待っていた。
他人からすれば、ものすごく頭が悪い事なのかもしれないが
私にはそうする事しか出来なかった。
飼い主が戻るのを待つ犬。
それでよいと思っていた。
数分後、ナツミがやってきて
毛布を一枚身体にかけてくれて
部屋に戻ろうと行ってくれた。
どうやら、それはマリの言葉だったらしい。
私はナツミに連れ添われ
部屋に戻った。
彼女は熱いコーヒーを私に入れてくれて
たっぷりのミルクと砂糖をくれた。
冷えた身体には嬉しかった。
「なにか・・・・あったんですか?」
聞いてはいけないのかも知れない。
「お父様が倒れられました。」
「早く行かないと・・・・・・」
「来るなと言われたのです。」
「え?」
「お電話口でお母様にはっきりとそう言われたのです」
「・・・・・・」
返す言葉はなかった。


その日、夢を見た。
とても不思議な夢だった。
私の目の前には青白く光る箱があって
それ以外は闇に包まれていた。
私はそっと箱を覗いてみた。
全部ガラスで出来ていて
溢れ出す光は全方向から出ている。
ずっと見ていると
1人の少女が見えた。
セーラー服の少女。
背は高く、かわいらしい。
少しして気付く。
その子はまったくもって私にそっくりだと。
「どういう事?」
私がしゃべった言葉が
夢の中だからなのか
はっきりと、それでいて反響音のように
リフレインして聞こえていた。
長い夢だった。
私はその箱の中にいる私の一日を見ていた。
ちっとも飽きなかった。
大勢の人がいる中で
彼女は机に座って
本を読んだり
何人かの人としゃべったりしていた。
その部屋の前の方でしゃべっている偉そうな人に
居眠りをしてるのが見つかって怒られたりもしてた。
それが終わると、彼女は広い建物に行き
ボールを使ってスポーツをしていた。
どういうルールなのか
さっぱり分からなかったが
真剣なその表情が美しかった。
帰り、お店に寄り
雑誌を立ち読み。
家に帰ると、家族がいて・・・・・・
「家族・・・・・・」
つぶやいた。
食事をしてた。
暖かそうな食卓。
お風呂に入り、
眠るまでの数時間
彼女は勉強したり
部屋を片付けたり
色々して
眠ってしまい
部屋の電気を消すと
箱の光も消えた。
そこで目が冷めた。
なんだったのだろう、あの夢は。


「サヤカ、地下室からLE-30とサルチペルド30錠取ってきて」
「うん」
私は真っ白な部屋の中で寝ていた。
麻酔が感覚を奪っていた。
「どや?気持ちいいやろ?」
切り開いた私の腹の中に手をいれ
いじわるそうに笑う彼女は
モグリの医者 ユウコ。
マリは彼女に絶対の信頼を寄せ
これまでの手術を要する人体改造を
彼女に任せていたし
ユウコもそれに応えるだけの腕を
持っていた。
ただ、アルコール中毒で
勤務中に飲んでいたのがバレて
しかも、そのまま執刀。
ミスはなかったが
免許は剥奪されていた。
「あんたの事、ほんま小さい頃から見てたけど
 綺麗になったな・・・・・・
 マリの好きそうな顔してるもんなぁ。
 あんたの身体は大概いじったけど
 顔だけはいじった事ないなぁ」
くわえタバコで器具をいじる姿は
ただの酔いどれの女医には見えない
まるでその腕に天使の羽でもついているような
神々しさを放っている。
「ユウちゃん、これだよね?」
部屋に戻ってきた少女。
私と同じ身売りの身で
ユウコが買ってきたらしい。
サヤカと呼ばれ、彼女の助手として
きちんと働いていた。
「ヒトミー、分かるかー?」
「・・・・・・」
身体が動かないのだから
反応のしようがない。
「もう終わって、あと縫うだけやねんけど。
 薬出しとくからなー。
 紙にも書いておくわ。
 あとは、目が覚めたら・・・・・・」
ユウコの手が私の目蓋に触れ
そっと降ろす。
催眠術にでもかかったように
私の意識は遠のいてゆく。


真夜中
私は目を覚ます。
自分のベッド。
さっきの白い部屋は
この館の中に作られた手術室。
傷の痛みはない。
身体が動く。
右腕を伸ばして
指を動かすと
きちんと動く。
ホッと一息つくと
私は隣に誰かがいるのに気付く。
サヤカだった。
「あ、起きたんだ」
心地よい低音の声。
「はい」
「痛みはない?」
「ないです」
「よかった」
座ってた椅子をベッドの脇に近付け
私の顔に触れるサヤカの手は
ひんやりとしてた。
「チェックしなきゃ、ダメだから」
私のズボンに手をかける。
ひきずり降ろすと
前よりも一段と大きくなった
異質の物がそこにあった。
サヤカは臆する事なく
それに手を伸ばす。
「熱いね」
「ひあぁ・・・・・・」
口に含み、溢れ出す精を吸い出す。
ズズッという音が体内から聞こえそうなぐらい
強く吸われ、私の頭の中は真っ白になる。
別に舌を使うでもなく
ただ吸われてるだけなのに
イキそうになる。
薬のせい。
私はサヤカの口の中に思いっきり
放出した。
月明かりが窓から差し込み
彼女の横顔を照らす。
ほっそりとした喉が動く。
飲み干していた。
「あの・・・・・・」
私は声をかける。
サヤカの振り向いた顔は
白く透き通りそうなほど
綺麗だった。
「私の身体、気持ち悪くないですか?」
「ユウちゃんと一緒にいて慣れたよ」
彼女の元に訪れる客は皆
私のような人ばかり。
人体の叡智を超えた者ばかり。
「それに、イっちゃう瞬間の顔、可愛かった」
「・・・・・・」
「何歳だっけ?」
「16です」
「一つ下だ」
「へぇ」
「ヒトミはどうしてこんな身体に?」
私は自分がどんな顔をしてるか分からなかった。
考えた事がなかったから。
「生きるため」
「・・・・・・」
「こうしなかったらきっと私は
 今、生きてないです」
つらつらと私の口から吐き出された言葉は
本当に私の言葉だったのだろうか。
そんな思いが次の日、打ち砕かれようとも知らずに。


朝から、マリは憂鬱な顔をしていた。
どうしたの?の一言をかけれず
朝の食卓を終える。
その後も遊んでとやってくる事もなく
昼まで過ごす。
3時前に突然、ノックがあって
私ははねるようにして
ドアノブを開けた。
立っていたのは、ナツミだった。
「お出かけしますよ」
ナツミの手には服が握られていて
着替えさせられる。
「マリは行くの?」
「いえ」
「私1人?」
「ガイドがいますから」
「え?」
彼女の言葉を理解できぬまま
玄関を出る。
車が一台。
大きな大きな黒塗りの車で
マリが年に数回
親元へ行く時に使う車だった。
「そんな・・・・・・この車は」
「早く乗ってください、、」
ナツミの表情は寂しげで
私は何も言わなかった。
思い出す。
マリの父親の容態が危ない事。
もしかしたら、彼は死に
財産相続云々という話になった時
私の存在が邪魔だったのかもしれない。
どこか山の奥で殺されるのだろう。
私は笑ってみせた。
「すごーい、こんな車乗れると思ってなかったよー。
 行ってきますっ!!!」
「・・・・・・」
後部座席に乗り込み、窓を開けた。
廊下をずっと走ってくるマリが見えた。
「運転手さん、待って!」
私は叫ぶ。
「ヒトミ!!」
「マリ!」
「ごめん!ごめんね!!」
「ううん、いいから。」
「これ、、少ないけど持っていって。
 そして・・・・必ず生きていて。」
車が動き出す。
マリとつないでいた手の隙間から零れ出した札束。
数枚が風に舞い、消えていく。
マリや、ナツミ、館の姿が少しずつ小さくなって
やがて見えなくなった。
まだ雪が降る前の事だった。

to be continued.




『erective Minerva.』

長い旅だった。
あの場所から数時間も車に揺られ
やってきたのは遠い街。
大きな都会で
道を行く人は誰もが小切れない服を着
颯爽と歩いていく。
私はそんな人を見ていた。
車は路地裏に入り
一件の店の前で泊まった。
毒々しいピンクの照明のついた店。
私は運転手に連れられ
そこに入っていく。
カウンターでボーイらしき男に声をかけると
今度は店主らしき女性が出てきて
運転手と会話していた。
私は居場所もなく、ただそこに立っているだけだったが
運転手は私に何も言わず、帰ってしまう。
「あなたがヒトミね」
「はい」
フッと振り向いた店主の目は
猫のようにスゥと釣り上がっていて
まるで何もかもを見透かしてしまうような気がする。
「マリに相当かわいがられてたみたいね」
「お知り合いなんですか?」
「まぁ、昔にちょっとね。
 部屋に案内するわ。
 ついてきて」
部屋?
というか、なぜここに連れてこられたかも
まったく分からなかった。
長くて暗くて湿っぽい廊下を渡り
通されたのは、3階の一番奥の部屋。
「ここじゃ一番いい部屋なんだよ」
コンクリートがむき出しの壁だが
ベッドは広いし、
家具はみんな揃っていた。
「あんた、本が好きなんだって?」
「たまにですけど」
「マリがさ、わざわざ買ったんだよ、あんたのために。」
古びた部屋の家具の中で
一つだけすごく新しいツヤツヤとした
木製の本棚があった。
引き戸で2段構造で
多くの本を仕舞えるようになっていた。
「あいつが、ここに送ってきた子でも
 きっとあんたは特別なんだね」
店主の手が私の頬を撫でた。
「みんな、もっとボロボロになって
 人間以下のボロ屑の状態で来るんだよ。
 まともに話せる奴の方が珍しい」
「ここは、なんなんですか?」
「え、ちょっと、なんの説明もされてないわけ?」


「はぁ・・・・・・」
「えーっと、、驚かないでね。
 ここ、売春宿なわけ。
 自分の身体でセックスして
 お金を儲けるの」
「売春・・・・・・」
そう、それはマリが与えてくれた最大の優しさ。
帰る所を失った子猫の
一番安全な居場所。
この店主がマリの知り合いという事も分かってるから
特に怖さはなかった。
それに、この身体などずっと昔から
他人の物。
「特にうちは非合法でやってて
 お客の要望とあれば
 どんな事も叶える店。
 幼女だろうが、死体だろうが
 あんたみたいな改造者だろうが
 なんでもアリさ。
 あぁ、そう、忘れてた。
 私、店主のケイ。よろしく。」
ポケットからタバコを取り出し
火をつける仕種も
髪をかき上げる仕種も
さばさばしてて
どこかかっこいい。
「でもさー、あんたの身体はこれ以上
 いじりたくないんだよね、私的には」
「へ?」
「だってさー、めちゃめちゃ売れそうなんだもん」
その言葉は適中する。
一ヶ月足らず、毎日、男女問わず
どんな事も引き受けてる内に
リピーターが増え
店でトップの売り上げを上げていた。
完全会員制高級売春宿『Minerva』


表向きはごく普通のバーなのだが
その上の住居に女の子を住ませ
政界や財界の大物だけに留まらず
ここの会費を払えるほどの大金持ちと相手させる。
予約制になっており、それ以外の時間は
完全に自由を保証されている。
私は別に趣味もないし
休む理由もないから
入れれるだけ仕事を入れていた。
誰かに抱かれる事で
自分が1人じゃないと感じれるから。
そんな生活の中で友達も出来た。
同じ店の女の子。
1人はリカ。
向かえに住むすごく女の子らしい子。
倒れてしまいそうなほど、細い身体がうらやましい。
もう一組はノゾミとアイ。
双児の2人はすごく仲が良く
一時も離れない。
私達は時折、4人でカフェに行ったり
服を買いに行く事を楽しんだ。
その日も『郵便でーす』とノゾミとアイの声がして
私は普通に扉を開けた。
「はいは・・・・・・」
「はい、お手紙なのれす」
ここに来て、初めて手紙と言うものが来た。
ちゃんと切手も貼ってるし
捺印もある。
外から来たものだ。
宛名を見た。
ユウコ。
急いで封を開けた
「薬とその後を見たいから
 なるべく早めに下の住所に来なさい・・・・」
「ヒトミちゃん、帰るんか?」
「え?」
「寂しいれす・・・・・・」
うつむいて、今にも泣きそうな2人。
「帰らないよ!ただ私の身体を見てくれてた
 お医者さんがたまに遊びに来いって」
「帰ってくるん?」
「うん、行ったら、すぐ帰ってくるよ」
「わぁーい」
私はじゃれついてくる2人を
ギュッと抱き締めた。
だけど、胸の内でアイの言葉を繰り返してた。
(帰ってくる・・・・・・)
私には帰る場所などないと思っていた。
あるとすれば、マリの胸の中。
そして、あの屋敷。
今はこうして仲間がいる。
別にセックスは嫌いじゃないし
むしろ、そうしなきゃ私は生きていないわけで
この場所を与えてくれたマリに
感謝をしたい・・・・・・

翌日、私はカバン一つ持って休暇を取り
ユウコが待つ郊外の森の中へと行く。


「いらっしゃい」
出迎えてくれたのは、サヤカ。
「今、診察中だから」
奥の方から女の人の呻き声が聞こえる。
「タトゥーを彫ってるんだ。
 麻酔無しでいいってゴネてさ」
ひさしぶりに見たサヤカは少し女っぽくなっていて
綺麗だった。
私は彼女の顔に見とれてると
彼女は笑いかけてくれた。
「あ、そうだ。先に言っておかなきゃいけない事があるんだけど」
「なんですか?」
「マリさんの事なんだけど、実は・・・・」
「実は?」
「その後、何も分からないんだよね。
 館も全部取り壊され
 彼女もナツミさんも
 みんな、どこにいるのか
 まったく分からなくなっちゃったんだ」
その瞬間、頭の底で聞こえた声。
『必ず生きていて』
マリの最後の言葉。
それはこの事だったのかもしれない。
診察室から出てくる男の人の背中に描かれた
美しい馬の柄。
「おぅ、来とったんかいな」
「お邪魔します」
「早速、診断始めるわ。
 サヤカ、手伝って」
「はい」
椅子に座って、待っていた。
鼻をつくようなメンソールの匂い。
真っ白で統一された世界は
逆に歪んでるような気がする。


「で、どないなってんかいな」
「ユウちゃん、いきなり胸揉まないでよ」
ユウコの隣に立つサヤカがそう言うと
彼女はいじわるそうな笑みを浮かべた。
サディストの顔。
「なんや、サヤカ、焼きもちか?
 夜になったら、ちゃんと揉んだるから」
「そういう問題じゃなくてー」
白衣を着直したユウコの顔が変わる。
今度は仕事の顔。
「辛い事とかないか?」
「ないです」
「今、仕事してるんやっけ?」
「ちょっと」
「どない仕事か聞いてええか?」
「売春・・・・・・」
「よかった」
真剣な表情がやわらいだ。
「見せ物小屋でも売られたか思たわ。
 たまにおんねん、うちに改造させた子売ってまう奴。
 なんかムカつくんだよなぁ」
「自分の患者は子供みたいなもんだって言うもんね」
「万が一、うちが手術した事でその後が決まるなら
 めっちゃ大切やん、その手術。
 やっぱ、した後も自分の目で見たいしなー」
医者としての姿。
「裸になって」
私は言われた通りに裸になる。
別になんの抵抗もない。
「使いこんでるなぁー」
「へへっ」
「どうれ、一つお姐ちゃんが味わっちゃおうかなぁー」
「もうやめな、ユウちゃん。」
呆れて、制止するサヤカ。
なんか本当の姉妹のような2人。
私はクスリと笑った。
触診などの検査をして
別になんの異常も見れなかったが
その日は泊まる事にした。


眠る前の数時間
私はサヤカの部屋にいた。
私の今の生活の事
仲間の事
店主のケイちゃんの事
お客さんの事
サヤカもやってきた患者さんの事や
失敗談、おもしろ話を聞かせてくれる。
なんか心がやすらぐ。
そう思った時
この部屋になにか匂いが漂う事に気付いた。
「これ、なんの匂い?」
「あぁ、お香だよ。
 キンモクセイの」
窓辺でひっそりと煙を立ち上げるお香。
心が静まる。
「よく寝れるんだ。これを焚くと」
「いいなぁ」
「きっと街でも売ってるよ」
「かな?」
「うん」
「そろそろ寝る?」
「寝ようか」
消されるランプの灯。
私は引きづりこまれるように
眠りについた。


また、あの時見た夢と同じ
ガラスの箱の中に私そっくりの女の子が見える。
同じぐらいの年頃の女の子達がいっぱいいて
ダンスを踊っていた。
ジャージ姿で汗を流して踊ってる。
休憩時間に入ったらしく
笑顔がこぼれる。
(あ・・・・・・)
隣にいる女の子
それはリカだった。
飛びかかってきたちっちゃい2人は
ノゾミとアイにそっくり。
(楽しそう・・・・・・)
その空間の中の4人もすごく楽しそうにしてる。
座って、なにかを飲んでたもう1人の私に近付いて
ペットボトルを奪って、口をつける少女。
(マリ!)
その子はまさしくマリそのもの。
そして、その子の頭をポカリと叩いたのは、ナツミ。
部屋の中の鏡の前でまだ練習してるのは、ケイ。
これ以上、視点が動かない。
不便なものだ。
無重力のような感じで
動きが自由にならない。
(くそっ!)
突然、目の前を通っていく金髪の女性。
見るからにユウコだ。
(ここはなんなの?)


「まぁ、いわゆるパラレルワールドっちゅー奴やろな」
「ぱられる?」
「そや、この世界とは別の世界の事。
 今の自分とはまったく異なる処遇の自分がいる場所」
「で、なにしてたの、自分は?」
「なんか踊ってました・・・・・・
 で、そこにはマリやユウコさんもいたんです」
「綺麗やった?」
「え?」
「なんやねん」
突き刺すような2人の視線に
機嫌悪そうに切り返すユウコ。
「でも、見てみたいなぁ・・・・・・
 もう1人の自分がなにしてるか」
「おもしろそうつーたらおもしろそうやわな」
時計が大きな音を立てて
10時を知らせる。
「あぁ、もう行かないと」
「汽車やもんな」
「またおいで」
「はい」
一路、Minervaへ。


店に帰る前に
街中のお香を置いてる店へ寄る。
「いらっしゃいませ」
「あの、キンモクセイの香りの探してるんですけど・・・・・・」
「こちらなんかいかがですか?」
手頃な値段だし、台やらなにやら一通りついてるセット。
「じゃぁ、これで」
その隣で試香してる人の匂いがしてくる。
甘い匂い。
その瞬間、リカの顔を思い出す。
(ノゾミとアイはなにか食べ物でいいし)
「あのっ!」
「はい?」
「なんかストロベリーの香りとかありますか?
 甘い感じの匂いで・・・・・・」
「ございますよ」
「プレゼントにするんで、包んでください」
店員はやさしく微笑み、うなづいた。

ドアを開け、店に入る。
カウンターにいたケイがうんざりという顔で
私を見る
「はやく帰ってきてよー、ヒトミぃ」
「どうしたんすか?」
「あんたの予約の電話、こんだけ来てたんだからねっ!」
山のような紙。
「すいません・・・・・・」
「ま、人気があるって事よ。
 身体は大丈夫?」
「大丈夫でした」
「そっか、身体は壊さないようにね」
「はい」
「今日の仕事はどうする?」
「やります。あーっと、リカちゃん空いてます?」
「3時間後に休憩」
「分かりました」
荷物を持って、3階へ上がる。
自分の部屋の向いは
リカの部屋。
フと扉に耳を近付けると
漏れてくる音。
「んぅあ、、、」
「ほらっ!!」
鈍い鞭の音。
頭の奥にこびりつくように
鮮明に映る石川の細い身体。
「・・・・・・」
耳を離し、私は自分の部屋のドアを閉めた。


「ヒトミさぁーんっ!」
「ほら、気持ちいいんでしょ?」
私は激しく腰を動かす。
女の客。
常連さんでひいきにしてくれている。
私はあまりお客さんの素性を聞かないが
身に付けてるものからいって
相当いい所の人らしい。
まだ中年というほどでもなく
若々しい身体を私はついばむ。
「はいぃ」
「欲しい?」
「欲しいですぅ」
首筋に舌を這わせ
ゆっくりと耳へ移動し
軽く噛み
穴の中へ伸ばしていく。
フッと一息、甘い息。
顔を掴み、優しくキス。
力強く抱き締め
戦慄く腰を沈める。
「はぁ・・・・・・」
「ひあぁ・・・・・・」


シャワーを浴びていると
ノックもなしに誰かが入ってくる。
「まだ時間じゃないですよ」
客かと思い、声をかけた。
「おやすみでしょ?」
バスタオル一枚のリカ。
「リカちゃん・・・・・・」
「一緒にシャワー浴びよ」
「う、うん・・・・・・」
少し灼けた素肌にはっきりと残ってる縄の跡。
私の指は自然と、それをなぞる
「痛くないの?」
「痛い・・・・っていうより、苦しいかな」
濡れていくリカの髪の毛。
私の背中に手が回る。
抱き締められていた。
「・・・・・・」
ただ無言で抱き返す。
シャワーの音だけが生々しく
聞こえていた。
「キスして・・・・・・」
要望通り、リカの唇に重ね合わせると
精液の匂いがした。
「臭い?」
「いや」
「・・・・・・」
構わずそのまま中までしゃぶる。
「嬉しい・・・・・・」
リカはそう言って、うっとりと目をつぶった。
「なにか・・・・あった?」
私を見上げる目は
悲しく笑っていた。


両親の借金の形へ売り飛ばされたリカ。
回り回って、ここにたどりついた。
売り上げの80%を借金返済にあてており
ものすごく質素な生活をしている。
ソファに座らせ、コーヒーを飲みながら
私はキンモクセイのお香に火をつける。
「いい匂いだね」
「リカちゃんにおみやげ」
さっき買った同じものにストロベリーのを足した袋を手渡す。
「ありがと!」
「どういたしまして」
壁を背に座る私によりかかってくる。
「甘えちゃって」
「へへっ」
「で、借金はあとどれぐらいなの?」
「もうちょっと」
「終わったら、どうするの?」
「お家に帰るよ・・・・・・」
「そかぁ」
私はコーヒーを飲もうと手を伸ばした腕を止める。
横から抱かれる。
「私ね、ヒトミちゃんがいなきゃ狂いそうになっちゃうの」
「・・・・・・」
「昨日も寂しくて寂しくて、悲し過ぎて・・・・・・」
ソファの上に押し倒された。
私は抵抗しない。
「ずっと一緒にいちゃダメ?」
「だって、リカちゃん・・・・・・」
「私の家に行かない?」
「・・・・・・」
私は答えれなかった。
彼女にマリの事を言ってなかった。
ここにいれば、マリはケイの事も知ってるし
また会える事もある・・・・・・
私はここを離れるわけには行かないのだ。
「ごめん」
「そっか・・・・そうだよね」
「待ってる人がいるから」
「・・・・私ね、きっと明日働けば終わりなんだ」
「よかったじゃん」
「家に帰れるんだもん、喜ばなきゃダメだよね?」
「そうだよ、お父さんお母さんや家族に会えるんだよ」
「だよね・・・・・・」
「・・・・・・」
あとは無言で抱き合った。
窓の向うはうっすらと明るくなっていた。


深い眠りから私は無理矢理起こされた。
ケイが自分を睨んでいる。
「ヒトミ!!起きて!」
「はい?」
「はやく!!」
寝ぼけマナコで引きづり出されたその先は
自分の向かいの部屋
リカの部屋。
「鍵使っても開かないのよ!」
「どうしたんですか?」
ケイにしがみついて泣いてるノゾミとアイ
なにがあったんだろう?
他の女の子もいっぱい出てきていた。
「いや、お客様がリカの様子がおかしいって
 帰り際に言われたから話を聞こうと思って
 来たんだけど反応がないのよ」
私は拳を固め
思いっきり殴ってみた。
腐り掛けの木造の扉は
いともたやすく壊れる。
そして、私の目に映ったのは
天井の照明から首を吊った少女の姿
「リカちゃぁああああああああああああああん!!!」
私は駆け寄り、縄をはずす。
きつくしぼられた縄。
チアノーゼを示す唇。
意識がもうない。
「はいっ!」
ケイから渡されたナイフで
縄をかっ切ると
崩れ落ちるように
リカは解放された。
「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・」
頭が真っ白だった。
粗い息の向こうで私は自分の意識が
遠のいていくのを感じていた。


「おーい」

「おーい」
???
私の声が聞こえてる。
「あ、起きた」
「・・・・・」
あのガラスの箱の中から
私を見てる私
私!?
「起きてる?」
「ん・・・・・・」
「寝起き悪いんだなぁ」
「誰?」
「吉澤ひとみ」
なんで、私だって分かってるのに
誰なんて聞いてるんだろう。
「でー、ここどこ?」
「さぁ」
自分は自分だからテンションが噛み合ってる。
のんびーりした空気。
「あなた、名前は?」
「ヒトミ」
ガラスの中の私は大して驚く様子もない。
「夢だよね?」
「ユウコさんはパラレルワールドだとか言ってたけど」
「中澤さんかぁ」
私達は自分達で見つめあい
しばらく黙っていた。
私は手を伸ばして、箱を抱える。
壁かどうかも分からない闇に背をもたれ、座り込む。
「どうしたの?」
箱の中の私が聞いてきた。
「リカちゃんがね、自殺しようとしたんだ」
「梨華ちゃんが!?」
「私も一緒に行くって言えば
 こんな事にならなかったのかなぁ」
「助かったんだよね?」
「うん」
「よかったぁ」
まるで、自分の事のように安心する彼女を見て
私は胸の中にある箱をギュッと抱き締めた。
彼女の手が箱に触れ、温もりが伝わってくる。
「あなたは、どうしたいの?」
「私は・・・・・・マリがいるから」
「マリ?」
「私の御主人様」
恥ずかしくない。
自分だもの。
どこかにいるもう1人の自分だから
私はちゃんと告げる。
全て脱ぎ捨て
私の身体を見せる。
さすがに驚いていた。
「私は借金の形に売られたんだ。
 マリはそんな私に優しく接してくれた。
 その代償に私は身体を捧げたの。」
「へぇ・・・・・・」
「気持ち悪いかな?」
「いいんじゃない?
 1人の人を思えるって大事な事でしょ」
私達、2人は時間が来るまでずっと話していた・・・・・・


「おはよ」
自分の部屋
ユウコが覗き込むように笑う。
「あ」
「顔色も悪ないな」
隣に立ってたサヤカが額にかけられたタオルを変える。
「2日、寝てたよ」
「・・・・・・リカちゃんは!?」
「落ち着いたから」
「そか」
ユウコは扉を覗き込む二つの影を見つける。
「目覚ましたで」
「ホント!?」
飛び込んでくるノゾミとアイ。
「ヒトミちゃん、大丈夫れすかぁ?」
「心配したんやでぇーーーーー!」
「ごめんね」
そっと部屋を出ていくユウコとサヤカ。
「お店、休みやったんよ」
「えぇ?」
「こんな騒ぎじゃどうしようもないのれすよ」
「ケイちゃんは?」
「おばちゃんも寝込んじゃってるもんなぁ」
「れす」
ノゾミの目はさっきからテーブルのところにある
フルーツバスケットを見てる。
「リンゴ食べる」
「うんっ!」
「ナイフ持ってきて」
私は少しだけ身体を起こして
ナイフを握る。
数分後、不格好なリンゴが・・・・・・
「・・・・・・」
「不器用なんれすね」
「やな」
「た、食べれるから」
「まぁ・・・・・な」
静かなのがおかしくて
笑ってしまう。
つられて、2人も笑う。


ケイの晩御飯を準備してやり
持っていってやる。
布団の中で本を読んでいた。
「ありがと」
無愛想につぶやき
口をつけてくれる。
と、思ったら寸前で止まった。
「誰が作った?」
「ノノ」
「安心だ」
「なんすか、それ」
BGMにかけられたラジオから聞こえるのは
オールディーズのロック。
しばらくの間、それに耳を傾けていたが
私は突然、ポツリと言った。
「悩んでるんですよ」
「なにを?」
「リカちゃんが一緒に家に来ないかって」
「行けば?」
あっさりとした答えだった。
「いいんすか?」
「マリの事はいいの?」
「・・・・・・」
「まだマリの事を思ってるんだったら
 その思い断ち切るなり捨てるなりしなきゃ
 リカに失礼じゃない?
 気持ちなんてものは
 遷ろう物なんだから
 変わってしまっても
 おかしい事ではないけれど
 ・・・・・・どう?」
「そうっすね」
ラジオから漏れるような音で聞こえてきた音楽は
ジャストタイミングで悲しげなバラードに変わり
私に考える時間を与える。
「旅に・・・・出ようかな」


「寒っ」
一週間後の事。
私は、コートのえりを握った。
真っ白な空間がどこまでも続いていた。
それは、私の記憶の中では
館があって、マリやナツミがいた場所。
「なくなったんだぁ」
そう言葉に出す事で事実を受け入れようとしていた。
カサついた唇を指で撫でる。
マリの唇の感触を思い出すように。
「・・・・・・」
溢れ出す涙を止めれないが
私は独り言を言っていた。
「寒いんだから、凍っちゃうんだよ・・・・」
頬に伝い、その瞬間から凍っていく跡筋。
拭っても取れず
私の身体に刻み込まれていくようで
それが、私のマリへの愛なんだと思う。
「はぁ・・・・・・」
息が白く煙り、空に消えていく。
私の背が後ろを振り返り、
一歩、踏み出そうとした足を止めてしまった。
「リカちゃん・・・・・・」
「向かえに来たよ」
と、つぶやいて走り出し
私の首に腕を回す。
「いなくなっちゃう気がしたの、そのまま」
「・・・・・・」
「何も言わないでいなくなるなんて、やだよ」
「・・・・・・ごめん」
「最後に・・・・・キスして」
答えも待たずに突き出された唇に
私はそっとキスをした。
強く抱き締め、淡い息を吐き
少しだけ彼女の体温を感じる。
「もう戻らなきゃ、家に帰る汽車がなくなるや。
 ヒトミちゃんはまだここにいるの?」
「いや、わたしも戻るよ・・・・・」
「そっか。じゃぁ、駅まで送って?」
「いいよ」
私の方から手を握り
何もない平原を走り出した。
それが、彼女との最後の思い出。


その日の夜。
私は、宿で最後の一本のお香を取り出す。
「買ってくればよかったなぁ」
火をつけると、ゆらゆらと煙が昇る。
キンモクセイの香り。
シャワーを浴びたままの濡れた身体。
部屋は暖房があるものの寒くて
ベッドに潜り込む。
「・・・・・・」
ひさしぶりに1人の夜かもしれない。
少し奮発して1人部屋でよかった。
私は、わけもなく興奮した肉棒を握り
グラインドし始める。
自慰。
店にいた時はそんな事をする気も起きなかったが
一週間もしてないと
なんか無駄に欲が起きてくる。
「ふあ」
漏れる声。
少しずつ速くなる手
胸を揉みしだく。
次第に下からも汁は溢れだし
音を立て始める。
いつの間にか眠っていた。
『エッチ』
頭の中に響くような声がして
我に帰る。
そこは、あの場所。
箱の中の世界の彼女も眠ってたらしく
こっちを見ていた。
「イッちゃったの?」
「たぶん」
「いいなぁ」
箱の中の私はその国では有名な人で
自由に出歩く事も出来ず
恋愛もままならないし
窮屈な生活を送ってるらしい。
「お仕事は辛い?」
彼女は首を横に振る。
「楽しいから」
「そっか」
やさしく笑う私。
彼女も笑う。
同じ顔をした
別な世界の私。
環境もなにもかもが違うのに
私は彼女と生きていた。

to be continued




『nightmare』

小さい頃はその全てが夢だったらいいと
心のどこかで思っていた。
悪い悪い夢で
いつか目が覚めて
全ては本当の世界に帰ればいいと。
箱の向うの世界は本当の世界なのだろうか?

「ごっちーん?」
私は相棒 後藤真希を探す。
ラジオの仕事だっていうのに
ブースにもいないし
トイレにもいない。
もう少しで打ち合わせが始まってしまう。
走り回った。
ヒョンなタイミングで彼女は
廊下の向こうから顔を覗かせた。
「もぅ、仕事始まるよー」
「あぁ、ごめん」
ライターを仕舞う仕種。
隣に立った彼女からタバコの匂いがする。
「圭ちゃんですら仕事中は吸わないのに」
「クセだから」
そうつぶやいた後藤の目はひどく悲しい。
私は彼女の過去に何があったのか
それとこのタバコの事がどう関係してるのか
聞いた事は一度もない。
他人の心に踏み入る事など
ありえなかった。
娘。の楽屋にいれば
いつも一緒にいる安倍や矢口だって
ましてや、辻と加護だって
互いをどう思ってるのかなんて
分かりはしない。
そんな世界。
誰かを心の底から愛し
求め
忘れずに
思い続けるなんて
ありえない。


私は、仕事の帰り道
深く息を吸い込んだ。
あの日、聞いた彼女の話。
真っ白な雪原の中で
全てに別れを告げ
抱き締めた時の事。
きっと、こんなに寒い時だったのだろう。
相手の名前はリカ。
石川にそっくりな少女。
立ち止まり、冬の空を見つめる。
ちらつく雪。
抱き締める真似をする腕は
空を切り
ただ空しさだけが襲ってくる。
「コンビニでも寄ろう」
雑誌を立ち読みして
財布を見てみると
若干の余裕。
おでんを買う。
無愛想な男性店員。
こんな時に自分の曲が流れてきたりして
ちょっと気まづくて
早足で店を出る。
家に帰り
部屋に入って
夜食を食べ終わり
片付けるものもなく
ベッドに横たわりながら
ボーっとする。
眠い。
枕元のボードの上。
キンモクセイのお香。
焚くと、すぐに眠れる。
そして、彼女に会える。


同い年の
同じ格好をした
自分ではない
自分がそこにいる。
男性と女性を手に入れ
その美しさは
未分化ゆえの
不確かさ。
でも、私は彼女の事を素直に
綺麗だと思った。
ゆっくりと目を開けると
ヒトミは歌っていた。
「誰の歌?」
知ってるわけないのに聞いてみた。
「今日会ったストリートの人が歌ってたの」
「いい歌だね」
「友達になったんだ、マキっていうんだけどね
 笑顔がすごくかわいいんだ」
「その子ってさぁ、なんか魚ってる?」
「ウォ?」
「魚顔っていうか、、、」
「あぁー・・・・・・
 ひとみの世界にもいるの?」
「うん、友達」
「じゃぁ、私達も仲良くなれるかな?」
そう言って、はにかむ彼女はかわいらしい。
「あとね!」
声が一段高くなる。
「?」
「マリから手紙が来たの!」
「やったじゃん!」
「うん!」
私が入ってる箱をたぐりよせ
そっと抱き締める。
「一緒に暮らさないかって・・・・・・
 今、近くに住んでるんだって」
「よかったね」
彼女の顔を見ていると
といっても、まったくもって
自分の顔なのだが
なぜだか癒される。
私はこんなに笑えてるだろうか。
心の底から笑えてるだろうか。


私は笑う。
作り笑いで笑う。
仕事だもの。
「お疲れさまでした」
そうつぶやいて、
その場をあとにする。
別にそれが普通の事だし。
「よっすぃー」
突然かけられた声に
驚きながら、振り向くと
矢口が立っていた。
私は視線を落とす。
「どうしたんすか?」
「御飯行かない?」
「焼肉?」
「なんでもこーい!」
ちっちゃくてかわいい人。
だけど、私より年上で
たまに頼れるお姉さん。
もう1人の私は
もう1人の彼女を愛し
彼女の物だとまで言う。
なにをすれば
なにをされれば
そんなに愛し
愛されるのか
思い合えるのか。
私は矢口のおごりという事で
いきつけの焼肉屋に連れていってもらった。
ウキウキとした表情で
肉をひっくり返す様は
半ば勇ましくもある。
「でだ」
「?」
「よっすぃー、身体大丈夫?」
「へ?」
「元気ないよ、最近」
メニューの牛タンを指差しながら
大丈夫かなぁとつぶやいてた
3秒前とはまったく違う顔。
「はぁ・・・・・・」
「仕事のこと?」
「まぁ」
「ほらぁ、一応、先輩なんだしさ
 なんでも言ってよ。」


私はポツリポツリと夢の中で会う
もう1人の自分の事
別な世界の事。
ヒトミとマリの事
リカの事
今まで聞いた全てを話し
そして、もう1人の自分の存在が
今、ここにある自分の意味に
問いかけてる事を言う。
「そか・・・・・・」
矢口は箸を置く。
「考え過ぎですよね」
「でも、悩んじゃうよね。
 矢口もたまにあるよ。
 本当に私が笑ってるのは
 いつなんだろうって
 分からなくなる」
「矢口さんもですか?」
笑顔がかわいい人。
どんな話題でも真っ先に
明るい声で笑い
リアクションして
トークを進めて行く矢口。
「仕事だからさ、するって事もあるじゃん。
 プライベートですっごい嫌な事あって
 全然笑えない時なのに
 ラジオだったりとかさ
 DJ.マリーだったりさ
 来ちゃってたら
 やるしかないし」
「辛くないですか?」
「うーん、辛くないようにしてる。
 自分の時間ってのを大事にしたり
 リラックスできる時間だとか
 ちゃんと笑える時間を
 意識的に作ってるよ」
「そっかぁ」
「他人に相談する事も結構解消法になるよ。
 あっ!だけど、、圭織はダメ!!
 めちゃめちゃ長くなるから!!」
「あははっ」
笑えてる。
たぶん矢口さんの気づかい。
ちゃんと笑えてる気がする。
私の笑顔を見て
矢口さんは優しい笑みを浮かべた。
ここにいた。
私を思ってくれる人が。


「じゃ、バイバイ」
最終列車で帰る彼女は私に手を振る。
歩き出そうと振り向く背を見て
私は声をかける。
「矢口さん!」
「?」
「待ってください!」
タクシーはまだ来ない。
「どうしたの?」
「・・・・・・」
無言で抱き締める
「え!?」
「このままじゃ人間不信になりそうでした。」
「・・・・・・よっすぃ」
「はぁ・・・・じゃぁ、おやすみなさい!」
断ち切るように私は離れた。
矢口はドギマギした顔で
去っていく。
腕の中に残る彼女の感触。
人の温もりを感じたのなんて
いつ以来だろう。


生まれて
生きてきて
愛を感じた事なんて
もう覚えていない。
勉強や仕事に何もかも流されるように
単調な生活を繰り返すだけ。
自分にノルマを課して
一歩一歩、長い石段を踏むように
少しずつ死に近付くだけ。
そんな生活が嫌になった。
私は悪夢から脱出する。
「はぁあーいっ、よしこよぉん!」
自分を偽らずに。
「キャァーー、よっすぃ!」
「かっこいい!」
自由に。
自由に。
自由に。
例え、その場所が与えられた場所だとしても
押し込まれた空間だとしても
常に、自分を持ち続ける事。
そして、愛す事。
きっと自分を見てくれる人はいるから。
自分を大切に思ってくれる人はいるから。
自分の殻に閉じ篭らずに
アグレッシブに。
与えられるだけではなくて
ちゃんと与えて。
そうすれば、きっと伝わるから。
私は、箱の外の世界を見た。
自分じゃない自分を見た。
いつの間にか見失いかけてた自分を見た。
私はモーニング娘。吉澤ひとみ。
その前に、1人の女の子として
1人の人間として
ここに存在してる。
そう、あの箱の外に
もう1人の私がいるように
私は、大勢の中の1人ではなく
私は私。


私は目を覚ます。
裸でベッドの上に横たわる2人。
私の顔を見て
微笑むマリ。
「ヒトミちゃん、笑ってたよ」
「楽しい夢を見たんです」
「どんなの?」
「もう1人の自分にまた会ってました」
「いいなぁ、マリも見たいな」
そう言いながら、身体をくっつけてくる。
私はそっとおでこにキスをする。
「愛してます」
「マリもだよ」
この世界もまた
混在するもう一つの世界に過ぎないとしても。
「ずっと一緒にいてください」
「離さないから」
誰かを思う事は同じ。
そして、皆、生きている。
「・・・・・・」
重ねられた唇。
例えば、毎日がつまらないと感じたり
意味がないと感じても
案外、フとした事で
それは開けていったりするもの。
毎日を生きるために
少しの笑顔と、愛を。

fin






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