気が付けば、その夜は満月だった。月齢を数えている者など、それこそ本当に数えるぐらいしかいないだろう。何かの目的で数える者もいるかもしれないが、毎日意識するものなど、皆無だろう。当然さくらたちも、それを数えてなどいなかった。だから、今日がその日だとはまったく知らなかった。だがどちらにしろ、さくらの心は月にはなく、その月を背に立っている、その男に向けられていた。
黒いロングコートに、中のTシャツやズボンに至るまで黒一色のその男は、夜の闇に溶け込んでしまいそうなその服装でも、月明かりの中にくっきりとその姿を浮かべていた。その手の中にあるのは、さくらの親友達が襲われた元凶と思われる、一枚のカード。
「何者や?貴様!」
牙を剥きながら吠え掛かるケルベロスの言葉に、しかし男は何も答えず、コートの内ポケットからさらにもう一枚のカードを取り出し、呟いた。
「滑[スライド]」
途端、男の姿がどんどん小さくなる。いや、小さくなっているのではない、遠ざかっているのだ。男はぴくりとも動かない。しかし、その下の地面が自分から動いているかのように、男の体は滑っていく。所々にある家屋の隙間も、何事もないかのように。
「あかん!はよ追わんと!」
「翔[フライ]!」
真っ先に反応したのは、さくらだった。カードから開放された魔力を純白の羽へと変え、その男を追いかける。すかさず、ケルベロスとユエもそれに続く。
さくらたちと男の距離は、一向に縮まらなかった。無論さくらは、逆に後に続くケルベロスとユエを振り切らんばかりのスピードを出しているが、まるで男がそれと同じ速さで滑っているかのように。
やがて男は、先ほどさくらたちが訪れたばかりの公園へとたどり着き、ゆっくりと地面に降りた。そこから5、6Mの距離を置いて、さくらたちも着地する。
「もう一度訊くで。何者や、貴様?」
二度目のケルベロスの問いに、今度はその端正な顔立ちを微かに動かし、答えてきた。
「名前は・・・・・・ロストと名付けた。散々悩んだが、これが一番自分にしっくりくるような気がしてな」
「名前なんて関係無い!」
叫んだのは、さくらだった。いつものぽわぽわした印象はなく、怒りに任せて声を荒らげている。
「どうして皆にあんな事したの!?」
「お前のせいだ」
静かに、ロストは即答してきた。意味がわからず、さくらは一瞬呆けた表情を見せるが、またすぐに怒りに顔を染めた。
「どういうことなの!?」
「俺の目標は、現クロウカードの継承者である、お前だ。だが俺は、どうやら利用できる物は何でも利用するタイプらしくてな。精神面を責めるため、お前の友達を使わせてもらっただけだ」
「火[ファイアリー]!」
それを言い終わるとほぼ同時、さくらは一枚のカードを発動させた。杖の先から溢れ出る魔力が紅蓮の炎へとその姿を変え、ロストの体を飲み込んだ。いきなりの先制攻撃に呆気に取られているケルベロスとユエを尻目に、さくらはさらに二枚のカードを取り出した。
「矢[アロー]!」
魔力の光が球状に膨れ上がり、そこから無数の魔力の矢が、その球体を素材として精製され、その全てが炎の中、先ほどロストがいた位置へと一斉に突き刺さっていった。それはさながら、光のシャワーとでもいうべき光景であった。
「雷[サンダー]!!」
すかさず、三枚目のカードが発動する。どこからともなく現れた膨大な量の稲妻が、今もなお激しく燃え盛る炎をさらに飲み込み、轟音と共に周囲を異常なほどの光が照らす。
「て、手加減なしやな。なんや今日のさくら、ぶち切れとるで」
「ああ。今回の事が、相当気に障ったようだ。これだけの攻撃を受けては、ただじゃ・・・」
そこで、ユエの言葉は途切れた。いや、さくらやケルベロスも、言葉をなくしてその光景に見入っていた。付近の大地を抉り、焦土と化すほどの魔力の奔流の中、ロストが何事も無いかのように立っていたのだ。右手に、一枚のカードを掲げたまま。
「くだらん」
かすかにこぼれたその呟きとともに、彼を取り巻いていた熱波の渦が、あっさりと霧散した。今までの攻撃など何もなかったかのように、空気は澄み切っていた。見ると、焦土と化した大地も、彼の周りだけがまったく変化していなかった。
「嵐[ストーム]!」
間を置かずに、さくらが次のカードを発動させる。突如として巻き起こった巨大な竜巻が、あっさりとロストの体を包み込んだ。しかし、
「断[シャット]!」
ロストが先ほどから手にしていたカードが、叫びと共に強い光を発する。数瞬だけ光り輝いたそのカードの光が消えると同時、乾いた音を立てて、その竜巻もあっさりと霧散した。
「嘘・・・・・・」
思わず攻撃の手を止め、さくらは呟いた。その言葉を待っていたかのように、ロストの唇が少し歪む。
「一応解説しておいた方がいいかな?このカードの名は"断[シャット]"。能力は、一定空間の魔力を完全に遮断し、中和させる。つまり、如何なる攻撃もこのカードの前では無力、ということだ。ただし・・・」
「凍[フリーズ]!」
すかさず立ち直ったさくらは、なおも攻撃を加える。魔力の光の中から現れた巨大な魚のような生き物は、辺りの空気を凍てつかせ、ロストへと確実に向かっていた。ロストは焦らずに、カードをそちらへ掲げた。激突の瞬間、ロストが叫ぶ。
「断[シャット]!」
そのカードに、いや、カードが生み出した空間に触れた瞬間、魚のような生き物は霧のように砕け散った。
「ただし、効果が発揮されるのはほんの一瞬。少しでもタイミングを外せば、そのまま突き抜けてくるけどね」
凍えるような笑みを浮かべるロスト。さくらは必死に、次の攻撃の手段、その構成を組み立てていた。今のカードの効力を見る限り、遠距離からの攻撃はかなりの確率で相殺されてしまうだろう。ならば・・・、
「剣[ソード]!」
カードに触れた瞬間、さくらの杖が剣へと変わる。西洋に使用されていたような、そんな剣だ。
「はっ!」
すかさず、さくらは大地を蹴る。接近戦ならば、インパクトのタイミングを微妙にずらす事ができる。もしそれに成功したならば、先ほどロストが話していたように、その攻撃はカードの生み出した空間を突き抜けていくだろう。
「やはり、そう来るか・・・」
呟いて、ロストはボールペンサイズの一本の棒を取り出した。何の変哲も無いその棒を掲げ、低い声音で呟く。
「"闇"の力を秘めモノよ。血の契約により、我が命に従え」
その呪文と共に、黒ずんだその棒は光り輝いた。その光は、続いて発せられたロストの言葉により、分解され再構築される。
「封印解除[レリーズ]!」
光が弾ける。その光が収まった頃、ロストが手にしていた棒は、さくらの身長ほどもある巨大な鎌に姿を変えていた。思わず、さくらはその足を止めた。
「いくぞ!」
吼えて、ロストは一気にさくらへと駆け出した。振り下ろされた刃をさくらはかろうじて受け止める。
「受け身の戦いは嫌いな方でな。こちらの方が性に合う」
数秒の力比べの後、その鎌を力任せに振りぬいた。体重差と力の差がはっきりと劣っているさくらは、それに圧され、数歩後退した。そこに、ロストは一枚のカードを取り出した。
「閃[フラッシュ]!」
光が、視界を覆った。刃の先端とカードの接点の間から強烈な光が辺りに広がり、まるで太陽でも直視するかのようにさくらの瞳を焼く。その隙に、ロストは手の中にある鎌を振りかぶった。
「させるかボケっ!」
横手から、猛スピードでケルベロスが体当たりを仕掛ける。しかしロストはすかさずそれに反応すると、鎌の柄をそちらへと構え、攻撃を受け止める。猛スピードでの突進なのでかなりの衝撃を受けるが、ロストはそれに逆らおうとせず、逆にその勢いを利用してケルベロスとの間を離す。
「これでも喰らいっ!」
一瞬早く体制を立て直したケルベロスは、その口から炎を吐き出した。弾丸のように一直線に伸びてくるその炎を、しかしロストは鎌の一振りでそれを断ち切った。文字通り左右に割れ、炎はロストの両脇を通り過ぎる。
「はっ!」
その背後から、握り拳程度の大きさを持つ無数の氷が、ロスト目掛けて襲い来る。ケルベロスと反対側に回っていた、ユエが放ったものだ。今ロストは、ようやく着地したばかり。とてもそれを避わせるタイミングではなかった。しかし、ロストはまたも一枚のカードを取り出し、それを凍りの飛礫に向かい掲げる。
「塵[アッシュ]!」
カードを中心に、小さな光の円盤が発生する。それに触れた氷の塊が、瞬く間に黒ずんだ塵へと化した。
「やっと三人で来たな?なら、そろそろ本気を出させてもらう」
"塵"のカードを掲げながら、コートの内ポケットからさらに数枚のカードを取り出した。そして、"塵"のカードを解除し、その内の一枚を発動させる。
「噴[ジェット]!」
瞬間、鎌の刃が火を噴く。次の時には、ユエの視界からロストの姿は消えていた。腹部に感じる重い衝撃と共に。
「ぐっ・・・!」
ジェット噴射の勢いをプラスして繰り出されたロストの肘打ちを受け、ユエの体は地を離れて背後の茂みへと吹っ飛んでいった。先ほどユエがいた位置から2メートルほど離れた場所に、ロストはその勢いに引きずられるかのように着地した。
「ユエっ!」
「火[ファイアリー]!」
さくらとケルベロスが、ほぼ同時に炎を解き放つ。しかし距離のせいか、僅かにこちらへ向かっているケルベロスの方が早くこちらへ届く。それをいち早く察すると、瞬時にそれの対応策を紡ぎだす。
「はっ!」
左手に持ち構えた鎌を右下から斜めに掬い上げ、ケルベロスの炎を切り裂く。そして、右手に持つ、何の絵柄も描かれていないカードを、炎の精霊へと掲げた。
「模[コピー]!」
差し出したカードから白い靄のようなものが現れ、精霊の姿を包み込む。炎を捕らえたまま、白い靄はカードの中へと引っ込んでいった。すぐ後に炎の精霊はさくらのカードの中に帰っていくが、ロストのカードに"火"の文字が刻み込まれた。
「こいつの名前を聞けば、これが何を意味するか解かるな?」
大鎌を振りかぶる。そして、先ほど新たな文字が刻まれたそのカードに、鎌の切っ先を振り下ろす。
「火[ファイアリー]!」
巻き起こったのは、先ほどさくらが放ったのとまったく同じ炎だった。しかし、"火"のカードは今もさくらの手の中にある。ということは、つまり、
「パチモンやで、さくらっ!」
「うんっ!」
言われるまでもなくそれを察していたさくらは、迷うことなくあるカードを発動させる。
「水[ウォーティ]!」
何もないところから、水で形作られた女の姿を持つ精霊が現れる。火には水。単純だが、ベストともとれる判断だ。が、しかし、
「模[コピー]!」
叫んだ瞬間、炎の精霊の体が裂け、中から再び白い靄が姿を現した。それは水の精霊を瞬く間に捕らえ、再び自分のカードへと取り込む。先ほどの"火"の文字の隣りに、"水"の文字が刻まれた。
「気をつけい、さくら!迂闊にカード使うたら、またすぐに吸収されちまうで!」
「もう遅い」
その頃には、ロストは駆けていた。長大な鎌を構え、さくらの元へと。
「はっ!」
振り下ろされた鎌を、何とかさくらは、先ほどから剣に変わっている杖で受け止めた。加わる衝撃に一瞬顔をしかめるも、それに負けじと押し返す。だが、
「さくら、退けっ!」
「へっ?」
ケルベロスの声にさくらは疑問符を浮かべるが、すぐに意味を察する。だがそれは、あまり意味のないことでもあった。
「遅いと言っている。模[コピー]!」
鎌の先から溢れ出た白い靄が、さくらの剣を包み込む。その靄は、ロストの内ポケットへと引っ込んでいった。
「ふっ」
ドゴッ!
「きゃっ!」
靄に気をとられたさくらの腹部へ、ロストの蹴りがめり込んだ。さくらは数度地面を転がり、うつ伏せになったところで止まる。その頃にはコピーも完了し、剣もただの杖に戻っていた。
「これで三枚。見せてやる、貴様に。カードの真の使い方を」
"模"のカードを一枚だけ取り出し、後のカードは内ポケットへと仕舞う。そのカードを高らかに掲げた。
「剣[ソード]!」
鎌自体が光を発し、その形態を変えていく。への字型に曲がった刃は真っ直ぐになり、剣というよりも長刀に近い形へと変わる。しかし、変化はそれだけではなかった。
「火[ファイアリー]!」
大蛇が刃に纏わりつくように、一条の炎が燃え上がる。
「な、なんだと・・・・・・」
腹部を抑えて茂みから這い上がってきたユエは、その光景を見て愕然とする。そう、彼は、二枚のカードを同時に使ったのだ。さくらでさえ、まだたったの2回しか行ってない事を、いとも容易く。
「2枚のカードを同時に使う。だがお前は、一つ一つの効果を同時に発揮させる程度でしかなかった。しかし、二つ以上のカードの効力を融合させる事で、カードの応用の幅は飛躍的に広がる。つまり、こういうことだ!」
鎌を、いや、長刀を振り下ろす。すると、その切っ先から炎が溢れ出した。斬撃の軌跡を描くように走った炎が、その姿を放射線状に広げてさくらへと向かう。
「盾[シールド]!」
さくらの目の前に、巨大な盾を模した魔力の障壁が現れる。炎はそれに触れると、あっさりと弾け飛んだ。しかし、その炎を追い駆けて、既にロストはさくらとの間を詰めていた。そして、魔力の障壁にカードを押し付ける。
「模[コピー]!」
盾が消え去り、その代わり、"模"のカードに"盾"の文字が刻まれる。それだけには終わらず、白い靄を目隠しにし、さらにさくらとの距離を詰め、胸倉を掴み上げた。
「あかん!」
「くっ!」
ロストの企みに気付いたのか、ケルベロスとユエは同時に駆け出した。しかし、いかんせん距離が離れすぎている。その間にロストはさくらの衣服に空いている方の手を潜り込ませ、そこからさくらカードの束をもぎ取った。
「あっ・・・」
「さくら、早う止めんか!」
ケルベロスの声に、さすがにさくらも気付く。が、既に遅く、さくらが飛びかかろうとした時には、その左頬に固いブーツの爪先が叩き込まれた。声を上げる暇もなく、さくらの体は地面を這う。頬に鈍い痛みが走り、口中に血の味が広がった。
「さくらぁっ!」
「まずいっ!」
ロストは、手にしたさくらカードの束を空へと投げ放った。空中でバラけたさくらカードが、ぱらぱらと粉雪のように舞い落ちる。そんなカードたちに向け、ロストは鎌を掲げた。
「模[コピー]!」
白い靄は、はっきりと標的を持って、触手のようにその形を変えてカードたちを捕らえていった。
「ああ・・・・・・」
「しもうたっ!」
空中に舞うさくらカードと、次々と文字が刻まれていく"模"のカード。計53枚のカードの淡い輝きが合わさって、そこだけが強い光に包まれた。その光が収まる頃には、さくらカードは全て地に落ち、"模"のカードには52個の文字が刻まれた。
「全52枚、コピー完了。さて、そろそろ失礼するよ。今夜は、これが主目的のようなものだからな」
くるりと、さくらに背を向け、その場を後にする。しかし、悠然と歩くロストに、ケルベロスが襲い掛かった。
「逃がさへんで!」
しかしロストは慌てずに、一枚のカードをケルベロスの目前に差し出した。
「縛[バインド]」
細く白い魔力の帯がケルベロスの体に巻きつき、一瞬でそれが太く丈夫な鎖に姿を変えた。虚空から突如として伸びるその鎖はがっしりとケルベロスの体に食い込み、その動きを束縛する。
「なっ!?」
冷たい金属音が夜空に反響し、ケルベロスは宙に固定された。追い討ちをかけるように、もう一枚のカードを取り出して発動させる。
「雷[サンダー]!」
「ぐおっ!」
瞬時に電流が鎖を通じてケルベロスの体内を駆け巡り、その風格通りの獣じみた声を上げさせた。
「ケロちゃんっ!」
電流は、およそ10秒近く流れた。ケルベロスの意識が飛んだとほぼ同時、電流は鎖ごと消え去り、重い音を立てて金色の獣は地に横たわる。
「このっ!」
続いてユエが挑みかかるが、それにさえも、ロストはカードを一枚掲げるだけだった。
「炎[ブレイズ]!」
ユエの足元から、膨大な量の炎が天に向かって噴き上がる。それはさながら、どこまでも伸びる巨大な炎の柱であった。ユエはすかさず魔力の障壁を生み出して防御しようとするが、タイミングが悪すぎる。
「くっ・・・・・・」
「ユエさん!」
ユエの体はあっさりと炎の柱に飲み込まれ、3秒ほどで炎は収まった。現れた時とまったく逆で、下から徐々に消えていく。全ての炎が消える頃には、高くに打ち上げられたユエが落下し、固い地面に叩きつけられた。
「さて、後はお前一人だ。どうする?このまま俺を逃すか?それとも・・・・・・」
さくらは、杖を構えた。先ほどの攻防の間に幾らかのカードは回収したものの、まだ全てを拾い上げたわけではない。だが例え全てを回収していたとしても、何枚ものカードの効果を融合して使うロストに太刀打ちできないだろう。
「やめろ!」
突如として響く声。それは、さくらにとって非常に喜ばしい声だった。
振り返った視線の先にいたのは、いつもの戦闘服に身を包んだ、香港へ帰っていったはずの李小狼だった。
「小狼くん!」
「今やりあっても勝ち目はない!いったん退いて、体制を立て直すんだ!」
突然の出現に戸惑うさくら。その間に、ロストは唇の端にうっすらと笑みを浮かべ、一枚のカードを取り出した。空気に溶け込むように、小さな声で囁いた。
「歪[ワープ]」
すうっ、とロストの体が透き通り、足元から徐々に消えていく。それと共に、倒れたままのケルベロスとユエの姿も。
「!?ケロちゃんっ!ユエさんっ!」
それに気付いたさくらが慌てて駆け寄るが、たどり着いた時には三人の姿は影も形もなくなってしまった。足がもつれ、先ほどまでケルベロスがいた場所に、さくらは倒れこむ。
何とか両手で体を支えるが、そこには固い感触の土が触れるだけだった。
「すまない。なかなか気配を現さないから、察知するのが遅れた」
呆然とその場に座り込んでいるさくらに、小狼は歩み寄りながら声をかけた。さくらは何も答えず、急にその場に横たわる。小狼はすぐに駆け寄って、さくらの体を抱き起こした。
「大丈夫か?さくら」
「・・・・・・わからない・・・・・・でも・・・すごく眠い・・・・・・」
「多分、カードをコピーされる時に魔力も幾らか吸い取られたんだ。そうでなくても、魔力が抑えられている状態であんなに無茶な力の使い方をしたんだ。魔力の消費を抑えて回復を早めるための強制睡眠に入るだけだ」
「・・・そう・・・・・・なんだ・・・・・・」
好きな人の腕の中で、さくらは安心しきったような声を絞り出し、ゆっくりと瞼を閉じていく。薄れていく意識の中、さくらは先ほどから漂う、どこか不透明で致命的な違和感を感じた。しかし、それの正体を考える暇もなく、さくらの意識は闇に沈んだ。
「あ、はい。言われた通り、お母様に連絡してすぐに病院の手配をしてもらいました。桃矢さんは、極度の疲労で倒れただけで、特に問題は無いそうです。2、3日には退院できるとのお話ですわ」
電話の向こう、昨夜桃矢のことで電話をかけてきた小狼に、知世はその後の事を説明した。
『そうか。さくらは魔力を回復させるために眠りについてるから、心配ない。俺が看てるから、目が覚めたらすぐに連絡するよ』
「はい。よろしくお願いしますわ」
通話を切り、知世は携帯電話を元の位置に戻す。そして、その穏やかな顔立ちに怪訝の色を浮かべる。
まだ小狼とは、電話越しの声しか聞いていない。しかしそこからでも、知世は何か違和感を感じたのだ。だがそれは、今の時点では形の定まった言葉として浮かんでこなかった。
コンコン
その時、部屋のドアが軽くノックされた。知世は座ったまま、そちらの方を振り向く。
「知世様。お客様がお見えになってますが」
「あ、はい」
知世はすっくと立ち上がり、自室を後にした。
誰もいなくなったその部屋に一対の視線が飛び込んでいたことを知る者は、誰もいなかった。その視線の主は不気味な笑みを唇に浮かべ、手にしていた携帯電話を、無造作に放り投げた。
「イッツ・ショータイム」
続
真魚「ま~ったく。あの馬鹿作者、どこ行ったのよ。もう少しでDJステーション始まっちゃうじゃない」
美夕「真魚ちゃん真魚ちゃん!」
真魚「あ、美夕。どう、そっちにはいた?」
美夕「影も形も見えなかったんだけど、代わりにこんなものが・・・」
真魚「何これ?手紙?」
美夕「うん。読んでみて」
真魚「何々?『どこか旅に出ようと思います。探さないでください』!?」
美夕「真魚ちゃん、どうしよう・・・」
真魚「う~ん・・・・・・・・・まっ、いないもんはしょうがないわね。さっさとDJステーションの準備、済ませちゃお」
美夕「うう・・・真魚ちゃん冷たい・・・・・・・・・」
真魚「ん?ちょっと待って。まだなんか書いてある。『次回、ついに敵の正体が明らかになる(予定)。もちろんエロも入れます』?ばっかね~!誰も期待してないのに予告なんか入れてどうするのよ(ポイッ)」
美夕「真魚ちゃん・・・・・・・・・」
真魚「そんな泣きそうな顔しなくてもいいって。ほら、さっさと準備済ませちゃうよ」