再会


河原に一人の女性が倒れていた。
彼女の名はユキ=シミズ…少しは名のとおった武術家だった。

「あたた…私としたことが……全くついてないわ。」

ユキはそう言うと立ち上がろうとする…が、骨が折れているのであろうか、足は動かず、激痛が走るばかりであった。

「あ〜ぁ、こんなとこで死ぬの?勘弁してよ。」

さすがの彼女もどこに獣が潜んでいるかも解らないこんな深い森の中、足が全く動かせぬ状況で生き延びる自信は無かった…

「…です、はい……早く!」

そんな彼女の耳に人の話し声が聞こえる。

「……何?」

彼女は上半身だけを精一杯乗り出し、声のした方を見つめる。
瞬間、彼女の目に飛び込んできたのは妖精と見間違うかのような美しい少女の姿だった。

「ほら、あそこ…急いで手当てをしてあげてください。」

「はっ、姫。」

少女がそう言うと、数人の兵士のような男たちが彼女を介抱しようとこちらへ近づいてくる。

「……」

彼女は言葉もなく、その光景を…いや、兵士たちの後ろにいる美しい少女を見つめていた。

「…これは、姫。ダメです…ここでは、その…薬剤も足りませんし…どうもその、足の方が……」

兵士が言いにくそうに彼女の方を見ながら口篭もる。

「構わないわ…自分で動かせないんだもの。骨折くらいじゃ済んでないんでしょ?」

「はい……」

兵士は非常にばつが悪そうに頷き、少女に視線を戻す。

「まぁ。」

少女が彼女の元へ駆け寄ってくる。
彼女の元は美しかったであろう足は青黒く変色し、見ている方ですら、痛々しいほどであった。

「解りました。城へ運んであげてください。」

「はっ!……しかし、お父上にバレますと…その、我々が…」

兵士が再び口篭もる。

「構いません。全ての責任は私が取ります。責任の所在を貴方に押し付けたりは致しません。」

少女ははっきりと言い放つ。
こうして、彼女は鎮痛剤を打たれ、城の医務室へと運ばれた。

「……大丈夫でしょう、2〜3年もすれば問題なく動く程度には回復しますよ。」

「…そう、ありがとう。」

彼女が気が付いたとき、そこは見たことも無い部屋だった。

「…………ここは?」

彼女は軽く寝返りをうとうとする…が、上から吊り下げられた足はそれを拒否した。

「……あなたが私を?」

彼女は顔だけを少女の方に向け、尋ねかけた。

「えぇ…森を散策していたら貴方が倒れていたから……」

少女は手近な椅子に気品良く座ると微笑みながらそう答えた。

「それより、痛くはありませんか?」

「いや…大丈夫、みたい……ありがとう。」

「お気になさらないで。」

少女は再び微笑みそう答える。

「2〜3年…」

彼女の口からそんな言葉が漏れた。

「…大丈夫ですよ。その間ずっとここにいてくださって構いませんから。お父様の許可もとりました。」

「何故?」

彼女は少女にそう尋ねかけた。

「はい?」

少女は小首を傾げ、そう言った。その仕草すらも美しいという形容がぴったりであった。

「何故、私を助けたの?」

「何故でしょう?……怪我人を助けるのに理由がいりますか?」

少女は心底不思議そうに尋ね返す。

「ふっ、それもそうね…でも、それも2年も3年もかかる怪我なのに…本当に良いの?」

彼女は微笑み、再びそう尋ね返す。

「怪我しているんですよ?それを途中まで助けてほっぽり出すなんて、出来ません。」

少女は真面目な表情できっぱりと言い返す。

「そう……」

「それに…その、もし…よろしければ……」

「…?」

「いえ、なんでもないんです。失礼します。」

少女はそう言うと深く頭を下げ、部屋を出て行った。

変わりに、初老の男性が入ってくる。

「どうじゃ?傷は痛むかね??」

「いえ、全然……それより、そのさっきの…」

「あぁ…姫様じゃな。良いお方じゃよ…… 儂はのぅ、とある国で小さな診療所をやっとたんじゃ…
 だが、ちょっとした事件で国外追放になってしもうてのう。路頭をさまよい、国境付近でこのままのたれ死ぬのを待つだけ…って時に、あの人は現れた。 それで、儂は今…こうしてここにおるんじゃ。
 …あの人は儂の命の恩人じゃよ。」

「そう……」

「あぁ…すまなかった、つまらん昔話を聞かせてしまったようじゃな。年をとるとどうもいけんのう……」

初老の男性はその後、薬の説明を一通り終えると出て行った。

それから、数ヵ月後…
彼女は車椅子でなら、動ける程度にまで回復した。少女はそのことを凄く喜んでくれた。

「そうだ、足が治ったら町をご案内しますよ。とっても良い所なんですよ。」

少女のその言葉は本当に嬉しそうな物だった。

「そうだ…」

彼女は呟く。

「はい?」

「この間…って言っても随分前だけど、私が始めてここに運ばれてきた日…あなた、何か言いかけて止めたわよね?」

「そうでしたっけ?」

「惚けないで。あなたの記憶力の良さは十二分すぎるほどに理解させてもらってるわ。」

「くすっ、……そうですね。」

「それで?何を言おうとしたのよ?」

「内緒です。」

少女はそう言うと微笑みを浮かべ、庭先に広がる花畑へと走って行った。

「まぁ…大体、想像はつくんだけどね。」

彼女はそう呟き、少女の後を車椅子で着いてく。
近頃、少女は以前に比べて明るくなったと城内でも評判だった…
こんな楽しい時間がもっと続いてくれれば良いのに……誰もが、そう願わずにはいられなかった…

しかし…それから、更に1年程経ったある日、その事件はおきた……

「なんで……?リューソーの方々…何故ここまでなさるの!!?」

少女の悲痛な叫びが闇に響き渡る。

「……」

少女の視線の先には燃え崩れる、少女たちの城の姿があった。
ユキは車椅子を動かすと少女の隣に並ぶ。

「私は、ここまでで良いわ。」

そう言うと、彼女は一人で奥へと入っていった。

「えっ?待って…!!」

「足手まといにはなりたくないの!!解るでしょ…?あなたは生きなきゃダメ。
 生きて…この悔しさを忘れないで……OK?」

「……」

「あなたが、この痛みをあいつらに伝えなきゃ、誰がやるのよ!!?」

「……解りました。でも…貴方も、必ず…」

「まだ、死ぬ気なんて無いわ。足が治ったら町を案内してくれる約束でしょ?」

彼女はそう言うと、深い闇へと消えていった。






そして……
「私はここに、フォード解放軍の結成を宣言すると共に、
 リューソー帝国への宣戦布告をいたします!!
 リューソーに虐げられてきた皆さん。私たちと共に戦って下さい!私に力を貸してください!!」

落城から数ヶ月…そう演説をする少女の姿があった……
『足が治ったら町を案内してくれる約束でしょ?』
……大丈夫、あの人は死んでなんかいない。少女は自分にそう言い聞かす。

「素晴らしい演説でしたよ。陛下。」

兵士の一人が少女にそう声をかける。

「その呼び方、止めて下さい…実際に戦いになったら、私…きっと何のお役にも立てませんから…」

「あら?陛下は、陛下よ…闘うのは私たちの仕事…でも戦うのはあなただわ。」

「えっ?」

少女は振り返る。そこには………

「ただいま戻りました、陛下。私も、陛下の軍にお加え下さい。」

少女は自らの頬に熱い滴が零れ落ちるのを感じ取ってはいたが、それを抑えることは出来なかった。

「喜んで……」

少女はその場に座り込み、ひとしきり大泣きした後、彼女に向かってそう答えた。


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